太陽の
騎士

月の
巫女

NO1
邂逅

その1
その2
その3
その4
その5
その6
その7
その8
その9
その10

 

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 迷ったな。
  この島には目印となる大きなものがない。山や、大きな建物。歩きながら木に目印をつけたものの、それも分からなくなってきている。
  方向を確かめて。そう思ってから笑った。
「もともと行く方向なんて分からないのになにしている俺は」
  腹の減り具合と、太陽の位置を確かめようと、立ち止まってエリクは空を見た。
  空はなかった。そこには光も青もなく、ただ闇穴のようなものが口を開けていた。
  上に向かって落ちる。足ははっきりと地面にある。だが、落ちて行くように思えた。
  視線をはずした。足元を見れば砂交じりの地面が見える。
  もう一度上を見れば普通の青空が広がっている。
「腹減ったな」
  エリクは笑った。
  疲れている。しかし、こうやって空腹を感じるだけの余裕があれば大丈夫だ。
  荷物の中にあった干し肉を口にいれた。いい肉だった。あの魔術師食べ物に関してはいい目をしている。こんなところで食べてもいいものはいい。水筒の酒を飲めば頭が、体の中の熱がとれて、すっきりしてくる。
  魔術師の言葉が思い出された。
「鎖の意味か」
  チェンバースの一族が帝国に叛旗を翻したのはしっている。自分が、というよりはそれこそ曾祖父の代だ。反乱は破れ、本来なら一族全てを粛正される中、アークラム家の先々代ミネウムが、助命したという。その時に鎖の名が与えられたという。それは虜囚の身であったのを忘れないためだという。
  それ以外の意味などあるのだろうか。考えていても意味はない。そう思いエリクは立ち上がった。
  墓を見つけだせば後は簡単だ。それまでがんばろう。
「よし」
  そう思いながら森を進めば恐ろしく簡単に墓はあった。
  白い柩を思わせる石の回りには白い大輪の花が咲き乱れている。
  その墓の前に無造作に剣が刺さっていた。白い花の本体であろう蔓が幾重にも剣を包んでいる。
「これか」
  白い花の花園に足を進める。一歩進むごとに花の香は深くなる。
  先程感じた空の怖さをエリクは感じた。
  自分は空に向かいどうして落ちることがないのか。そんな恐怖。
  それは気持ちの問題だけではなかった。エリクの体は空に向かい落ちて行った。
 
 
「あなたは強い」
  トリュファイナはその言葉が皮肉かと思い表情を険しくした。魔術師は小さく笑った。
  広間にはトリュファイナと魔術師の二人の姿しかない。
  トリュファイナに求められたのはいつもの暮らしだ。いつものように勤め、振る舞う。今は、本来なら臣からさまざまな報告を受ける時間だった。
「自身には分からないかもしれませんね。ずっと私はあなたをあの兵士たちのように馴致させようとしているのに、あなたはそうして反感をもってこっちを見ている。それは強さ以外の何者でもありませんよ」
「そんなことはしりません。アークラム家の一門として、この状況を許すわけにはいきません」
「それは分かっておりますよ。そう思えばこそできるだけ隠密に行動しておりますよ」
「それはどういう?」
「鎖が籠城し、姫を人質としている事になっています」
「そんなどうして」
「帝王か、妖精后、月の巫女のどなたかに出向いてきて貰うためですよ」
「そんなことすればすぐに戦いは終わってしまう。魔術師、あなたも伝説かもしれない。でも、その三人も伝説」
「その三人が伝説なのは、月の力を持つが故です。ずっと月の力の正体を知りたいと思っていまして」
「そんなことのためにこんなことを」
「ええ。魔術師は探求こそが信条です。ギルドのように安易な応用ばかりを追っていては進歩はありませんよ」
  剣戟の音が聞こえてきた。
「あなたを救いに来たようですよ」
  目の前にあるかのように景色が変わった。
  それは離宮の表門だった。門は巨大な攻城槌で破壊された。その中に入り込んできたのは赤で飾られた騎士の一団だった。
  それに対抗するように鎖。黒い一団も現れる。
  先頭で大剣を奮う男には見覚えがあった。
  ヤグナー・ナス。あの離宮での一件が蘇った。ナスの戦いは口だけではないようだ。一振りごとに鎖の面々は切り伏せられていく。そうして初めて、女性もいれば、老人といっていい年の物がいるのも分かる。ナスは淡々と剣を振るい人が人を倒すのではなく、木でも倒して行くような風景だった。
  だが、散る血はまぎれもなく離宮の庭を赤く染めていく。
「この程度で弓引こうとは。ふざけるな」
  ナスが敵の弱さを不服だと思っているののは分かった。
「強敵を欲しているのは悪い事ではありません。戦士が強い相手を望むのはすばらしいことです。魔術師は探求を、戦士が戦いを、神官が神を望まなければおしまいですよ」
  ナスだけでなく、赤い騎士たちは黒い戦士を圧倒していく。
「私はいくつか制約を受けていまして、例えば闇の中でしか、全力を出せないのですよ。当然、私が力を与えているほかのものもね」
「どうしてそんなことをいうの」
「いえいえ。それを聞いた上で、今からの戦いを見ていただいた方がいいと思ったものですから。鎖はいい戦士たちですよ」
  黒い戦士の中からシベルナが姿を見せた。
「貴様、やはり腹に隠しているものがあったのだな」
「彼は直感がすばらしいですね」
  魔術師は何がおかしいのか笑った。
「首魁である貴様を打てば終わりだ」
  ナスは切りかかった。だが、大剣は空を切った。
「今のはおどしだ」
「脅しではありません。シベルナ団長は交わしたのです。元来光輝を預かるものなのだからそれも当然ですが」
  シベルナは剣を構えもせず、ただナスに近づく。ナスは切りかかった。だが、大剣は掠らない。シベルナは剣を抜いた。抜きざまにきりつけたそれを受けてナスは下がる。
「ぬう」
  放ったシベルナも見事なら受けたナスも見事といっていい。
  シベルナはきりつけた。連撃を全て交わすことはできず。一撃を受けた。
「効かぬ」
  ナスは叫んだ。
  だが、身を覆う鎧がなければ容易く死んでいたはずだ。鎧は今の一撃でひびが入っている。
「全力ではないと無理ですか。あれが鎖秘伝の技ですよ。相手の鎧ごと叩き切る。あの刃の厚い剣はあの一撃のためですからね」
  ナスはなおも戦おうというのか向かって行く。
「ナスさま」
「どうした」
  ナスは振り返った。いつの間にか優勢は消えていた。残るのはあと二人あまりの騎士だけだ。
「息のあるものをまとめろ。退くぞ」
「は」
  赤い騎士の一人をナスは抱え上げた。その時だ。倒れていた騎士たちが立ち上がる。
「おお、無事か」
  ナスに向かい赤い騎士たちが起き上がり切りかかった。不意をつかれた事もあってナスはあっさりその一撃を受けた。
「彼らは私のものですよ」
  魔術師は呟いた。
  ナスはいくつもの刃に貫かれた。
「最初の何人かは手がかかりますが、それから先は無限に兵は増え続ける」
「そんなことって」
「元来、人間を戦わせるのは大変な事なのですよ。食べ物や、睡眠、金、そうした欲望を充足させ、傷つけば癒さなくてはならない。これがあればそれを考える必要もない」
「許されると思うの?」
「もし許されないのなら、どうしてこんな技が今まで存在していると思います」
  トリュファイナがそう言っていると、ナスが叫びながら回りの兵をなぎ倒した。
「おや。すばらしいですね。資質があったようだ」
  ナスは今までと変わっていないように思えた。だが、その濁った目は、背後に見える奇妙な光は生者ではない。
「なんだこれは」
  ナスは一点を見た。見ているのはトリュファイナの方。正確にいうなら魔術師の方だ。
「少し見ていてください」
  魔術師はそういうとトリュファイナから離れた。そのまま向こうに入りこんでいくと、ナスと向かい合った。
「素晴らしいですな騎士殿」
  ナスは攻めるか計り図りかねように見えた。
「どうですか真の世界は。風の粒の一つも掴める勢いでしょう。この世界の中では全てが喜びに溢れているはずだ」
「何をした」
「あなたは詰らぬくびきから脱したのですよ。私が言いたいのは好きなようになさいということです」
  ナスは無言のまま切りつけた。それはシグルナに防がれた。
「おいたは困りますね」
  その声を聞きながら魔術師は笑った。
「私が倒されればあなたは存在できなくなりますよ」
「それは嘘だ。俺は在り続ける」
「今度は守る必要はないよ
  魔術師はいった。
「死ね」
  魔術師の体は綺麗に二つに切り裂かれた。両断された魔術師にナスは声を上げて笑った。そのナスの手が落ちた。ナスは自分の腕を見ながら叫びを上げた。
「だからいったじゃありませんか」
  体を両断されたまま魔術師はいった。
「あなたはもとから力をお持ちだ。普通、不死となれば、このように人形となるのに、あなたはしっかり意志を持っている。あなたこそ王にふさわしい」
「王だと」
「ええ。死は誰にも等しく訪れる終焉。それを越えたところに在る王ですよ」
「化け物の仲間になどはならん」
  ナスは剣を振り落とした。
「では、あなたがどこの世界に迎え入れられるか確かめるかよろしいでしょう」
  魔術師はトリュファイナの前に戻った。
  ナスは回りを見て叫んでいる。
  ナスから見れば魔術師が不意に消えたように見えているのだろう。
「どこまで彼の正気がありますか。もっとも死して生きるものに正気などあるわけはないのですがね」
  魔術師は元の姿に戻っていた。
  トリュファイナは自分の手を見た。知らないうちに自分がそうしたものになっているのではないかという恐怖だ。
「あなたは大丈夫ですよ」
  魔術師は笑った。
「妖精后の伝説はご存知ですか?」
  トリュファイナは何か言質がとられるのではないかと黙った。
「まあ、仮初とはいえ、帝国を告ぐかもしれない一族の方だ。ご存知とは思いますが、妖精后と呼ばれるシャレム・シン・アムドゥシアスは、共に御子戦争で戦った。その際に彼女はいくつもの不思議を為したのですよ。最強の寺院騎士黒紅炎の致命の一撃から帝王を守り、かの変幻の竜すら彼らを含む一団に倒された。私が思うにあれが月の力だと思うのです」
「あなたが知りたいといった月の力」
「ええ。魔術とは夜に属する手妻です。その夜闇を照らし、魔術の効果を弱めるもの。それが月の力なのではないかと。そう考えれば、妖精后のした事も分かるのです」
「それがどうして私に?」
  先程までの躊躇を忘れ、トリュファイナはいった。
「あなた方の祖は全て妖精后が素養を認めて拾い上げた子です。その後の様々な交配、失礼婚姻により、あなた方はただ妖精の血をひいている以上に強力な魔術への耐性を手に入れている」
  魔術師はそこまでいって小さく笑った。
「姫君、少しは警戒した方がよろしいかと。馴致させることはできなくても、雛鳥を潰すのと同じくらいの労力であなたを殺せるのですか」


 

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