太陽の |
NO1
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風が頬を切り裂いていくように痛む。ペガサスは本来の速さを出してはいない。逃げ切ることはできない。そう思っていてもレジスは口を開いてしまった。 「だいじょうぶかな」 「いや、このままでは何れ捕まる。後ろを見て見ろ」 答えるフェルティアは冷静だ。背後から飛んでくるのはワイバーンの群れであった。 ペガサスが乗せる事ができるのは二人。一人超えているせいで、最初はそれなりの早さだったものの、今では三分の一程に落ちて来ている。 「がんばってくれラド」 フェルティアの言葉にペガサス、ラドが小さく嘶いた。 「俺が降りる」 エリクはいった。 「エリク。どうして」 「どう見ても俺が重いしな。それに、地の利なら俺にある」 「こんなところで降りたらすぐにワイバーンに殺されるぞ」 フェルティアの言葉はもっとなものだ。地の利も何も砂漠だ。恐らく降りたら狙い撃ちにされるのが目に見えている。 「大丈夫だ」 エリクは自信ある声でいった。 「秘策ありだな」 レジスの言葉にエリクは答えない。その沈黙に、 「まさか何もないとか」 「ああ。だが、長い目で見れば一手だろ。お前達が逃げ切れば少なくとも現状は伝わるだろうからな」 「それは無駄だ。助けにくる前に連絡は出しておいた。だから、生き残る事を考えろ」 ワイバーンは速度を増した。一気に仕留めようというのか、次々と襲いかかってくる。 「くっ」 手綱を御し、フェルティアはラドを操りワイバーンの爪を交わす。人馬一体ともいえるそれは、フェルティアが魔術師としてよりも戦士としてよりも、騎手として一番の時間を過ごしてきたのが分かる。 だが、しのげるのはいったいどれだけか。フェルティアの額からは汗がこぼれている。 「分かった」 不意にフェルティアが叫んだ。 ペガサスの腹を蹴る。それは全力で移動の合図なのか、まっすぐにペガサスは飛んだ。だが、早さは知れている。 「どうするんだ」 レジスの声にフェルティアは答えない。 オアシスが見えてきた。その潅木の間に、逃れようというのかペガサスがオアシスすれすれに突っ込む。 だが、そのため速度が落ちたところでワイバーンが一気に飛び込んできた。 その鍵詰めが蠍のような毒を持った尾が伸びる。 「伏せろ」 フェルティアが叫んだ。 レジスの頭上を稲光が駆け抜けた。 ペガサスは転がるようにオアシスに降り立った。投げ出されるレジスとエリクの廻りを、大気を焦がす匂いだけが残っていた。 エリクが振り返ればそこにはワイバーンの姿はなく、灰だけが底に残っている。それも砂漠の強い風に吹かれ直ぐに消える。 フェルティアはペガサスに、レジスはフェルティアにかけよっている。 「ご無事で何よりですアルフィスタ殿」 気配はなかった。 どうしてこの男に気づかなかったのか。魔術師のローブに、女の顔を模した白い仮面。 エリクが身構えた瞬間、フェルティアに頭を殴られた。 「何しやがる」 「馬鹿野郎。よく見て吠えろ」 「喧嘩しないでよ」 「魔術ギルドから来たものです」 三人は仮面の男を見た。 「ギルドからきたものです」 ゆっくりと男は言った。 フェルティアは小声でエリクにいった。 「あの仮面は魔術王ディラハムといわれる神にあやかったものだ。奇抜なのは文句言うな。魔術師はそういうものだ」 エリクは頷いた。 「助かった」 そうレジスはいった。 「ギルドは援軍を?」 フェルティアは男を見た。 「ええ。帝国ではなく、魔術師として知らせてくれたことを感謝しております」 「魔術師が目覚めたのは魔術を扱うもの全体の脅威だ」 沈黙が包んだ。 フェルティアは無論、レジスも魔術にかかわるものを扱っているからその事は分かっている。魔術師の名は重い。 「一ついいか?」 エリクはいった。 「何だエリク」 「魔術師って誰だ?」 「エリク、魔術師っていったらあいつ以外考えられないだろう」 「城にいた奴だろ。だが、魔術師っていったらそれなりにいるだろ」 仮面の魔術師を見ながらエリクはいった。 「魔術師という名で呼ばれるのは数ある魔術師の中でただ一人だ。古代王朝を一人で滅ぼした男」 「そんな昔の奴がどうしていまさら出てくるんだ」 「彼は死を越えたといわれています。戦士ジャックに倒されたものの、幾度となく出現しましたから」 「それならしってる。南国の娘と恋に落ちる話だろ」 「知ってるじゃないか。その敵役だった魔術師だよ」 「あの終わりなき夜なんて作り事だろ」 仮面の魔術師は小さく首を横に振った。 「彼は最高の魔術師です。あれは作り事ではないのですよ。そして彼の存在は魔術師全体の脅威なのです」 「ちょっとまってくれよそんな」 神さまみたいなことはできるわけはない。それがエリクの考えだった。 「戦士殿の態度は分かります。それは宣伝の効果なのです。長い時間をかけて魔術師の立場を高めてきました。だが、もともと魔術師は疎まれ恐れられる存在だったのです。国を攻めるようなまねを一人でする魔術師が出れば、また恐れられ、迫害される。」 「その割りには少なくないか」 エリクの言葉に仮面の魔術師はうなずいた。 「ギルドとしては隠密に行動したい。だから私を一人でおくって来ました」 「一人でか」 「魔術師は数ではありませんよ」 「確かにさっき、ワイバーンを一撃で始末した術。すごかったって。あんなの見たことない」 「電撃系は得意なんですよ。あなたがたがいい感じで誘導してくれたんで敵が直線だったので」 仮面の魔術師の声には照れがあった。 「ギルドの判断ですが」 仮面の魔術師はフェルティアを見た。 「どう採決されましたか」 フェルティアはいった。 「それも関わっているのですが、相手は魔術師ですから。対抗するには神剣が必要です。まずは手にいれます。幸い、戦士がいらっしゃるので彼に」 エリクに視線が集まる。 「では、我々の仕事は偵察だな」 「そうです。酷な事をお願いするようですが」 「あの我々っていうのは」 レジスは小さく手を振った。 「我々だ。しっかり頼むぞ」 当然というのがフェルティアの言葉には込められていた。 仮面の魔術師は懐からいくつものフラスコや、粉を取り出した。 「援助としてとりあえず用意したものは、アルフィスタ嬢用の薬品。希望があれば朝までに取り寄せます」 「いい防具があればいいけど」 「防具ですか、では守りの指輪を」 「あとちょっと壊れたのがあるんだけど修理できるかな」 レジスは空気砲を取り出した。 「これはひどいですね。しかし修理は可能ですね。これは朝までに直します」 「頼みます」 「では朝までお休みください」 仮面の魔術師はいった。 「ひとまず失礼します」 魔術師の姿が消えた。 残された三人は顔を合わせた。 「なんかえらくいい感じで進むね」 そのレジスの頭をエリクは黙って殴りつけた。そのまま歩きだす。 「貴様何を」 「いいんだいまのは俺が悪いんだからさ」 フェルティアはきつい目で消えたエリクを見ている。 「やっと今の状況が分かったんだよ。相手が何なのかとか、状況がどうだとか」 「やっと分かって切れていれば世話はない」 「エリクの仲間が見つかった。場所は離宮。意味分かるだろ」 フェルティアは息を飲んだ。 「魔術師に取り込まれたのか」 「俺達には人事だから、こうやっていえるんだ。もしずっと一緒にいた仲間が魔術師に操られていたら、こうやって話せると思う?」 「それは」 フェルティアが答えることができずに黙りこくった。
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