戦士と魔術師の戦いは、呪文が終わる前に切り倒せるかどうかだ。
エリクの行動は正しい。剣を持って魔術を断ち切るのは正しい。
「悪くない。少なくともジャックよりはいい心構えをしている。だが、愚かだよ」
エリクの斬撃は飛び出して来た騎士の剣に止めらていた。
「退け」
刃は騎士に全て防がれていた。
エリクは一歩下がった。足に力を込める。腰を低くしながら体全体で剣を振り抜く。
それは騎士の剣を叩き折り、その体を吹っ飛ばした。
「実に見事な剣技だ」
魔術師の声に顔を上げた瞬間、エリクの体は硬直していた。
「うむうむ。これを受けても硬直する程度とはここに飛び込んで来たのも蛮勇というわけではないな。よい道具になる」
「道具だ? さっさと姫を離せ」
数人の戦士が現れた。
何の気配もなかった。
だが、至る所から現れた兵たちはエリクのよく知る姿だった。
「みんな」
それは鎖の仲間たちだった。生活を供にし、肩を並べて戦い、ずっとなじんでいる仲間たち。
「どうしたんだよ」
気安く肩を叩いた瞬間、エリクにも分かった。
これは仲間であり、仲間ではない存在たちだ。
彼らは冷えきっていた。いや、エリクの命を含めて、回り全ての熱を奪う闇に満ちていた。
「そんな」
一斉に剣が抜かれた。
鋭い切っ先の合間を抜け、エリクは身構えた。
これはどういうことなのか。敵は何者なのか。みんなはどうなっているのか。疑問が頭を駆け巡る。
「エリク、逃げよう。この数じゃ無理だ」
レジスの言葉が反発をもたらした。
「こいつらは仲間だ。何か誤解してんだよ」
こんな状況で逃げるわけにはいかない。トリュファイナを、仲間を見捨てて。
エリクの前に剣が振り下ろされた。次の事も考えられない無様な逃げ方だった。
「親父」
エリクは声を上げた。目の前に立つのは紛れもなく父シベルナの姿だ。
「やはり私の目は正しいね。さあ戦いあってくれ」
剣が振り落とされた。交わせない。受け返した。身体が下がっただけで済んだのは僥倖。少しでも弱ければそのまま切られていた。
父親の本気の剣を目の前で受けるのはこれで二度目だ。あのトリュファイナとあったとき。自分とあのくそ野郎の剣を止めたあの時。その時に思ったのと気持ちは変わらない。どれだけの間戦えるのか?
「ああ、もし殺してしまうとか心配しているのなら問題はない」
魔術師の声がした。
「そしたら修理するだけのことだから。何、手間隙の事は気にすることはないよ」
「ふざけるな」
魔術師に向かったエリクを止めたのは父だった。
「っちい」
見事な剣撃の応酬だった。
ぶつかりあいはまるで剣舞のようだ。決められた段取りで剣を振るっているような。そうでないのはエリクを見れば分かる。
一撃一撃に集中し、先を読んでいなければ、直ぐに死骸となる。それが分かっている上に、急所を狙う鋭さはエリクと比べ物にならない。それでも凌いでいるのは同じ質の剣技だからだろうか。普通のものならあの重い剣に耐え切れずに剣ごと断ち切られる。
誰もがその戦いに見入っていた。一人を除いて。
「あいつらを下がらせろ」
レジスは魔術師の背後に立っていた。
「遠慮することはない。さっさと撃ちたまえ。私が詠唱すれば君などすぐさま消え去る。その勇気に免じて一撃の間をあげよう」
「くっ」
「できないのならばここまでだ」
空気の砲弾が放たれた。そう思った瞬間それは消え去っていた。
「何だいまの」
レジスの声には驚きがこもっていた。
「魔術を消滅させるのはそれほど難しいことではないよ」
魔術師の前に紋章が浮かび上がった。レジスは小さく声をあげた。体から力が抜けていく。震えが背中を駆け抜けた。
「うまく血を統べれるといいね」
レジスは倒れた。
「何だこれ」
「力の言葉だ。紋章の形をとっているが、これはある程度の魔術に対する抵抗力がなければ防げない。でもね、君ならば耐え切れるだろう。さあ、見せてみたまえ」
紋章の光がエリクの剣の筋を鈍らせた。その瞬間、エリクの剣は、床に転がっていた。かつて、ヤグナーをとめた時に見たその技だった。
「やりなさい」
「ダメ」
トリュファイナの叫びが響いた。
月の光が増したように思えた。
シベルナの動きが止まった。
「これはこれは」
魔術師がつぶやきトリュファイナを見た。
「あなたはもしや」
窓が大きく吹っ飛ばされた。砂漠の風を背に走りこんできたのは一頭の純白のペガサス。
明かりをもたらしていた燭台が一斉に倒れ、月の光が部屋を照らした。
「おや、月は闇を払い闇を統べる。魔術は闇に属するもの。すばらしい」
魔術師は呟いた。
紋章は消え去り、レジスは自由を取り戻した。
そしてエイクはシベルナの動きが遅くなるのに気付いた。
「逃げるぞ」
フェルティアだった。
「乗れ」
レジスはさっさと飛び乗った。
エリクは、父を、仲間を、トリュファイナを見た。
「エリク」
レジスとフェルティアは叫んだ。
「死ねば何もできないんだよ」
トリュファイナが叫んだ。その言葉はエリクの中のたぎっているものを押さえるだけの重さを持っていた。
「絶対に助けに来る」
エリクもペガサスに乗った。
ペガサスは大きく翼をはためかせ、夜の闇に飛び込んでいった。
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