太陽の |
NO1
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エリクは寝転がり、夜空を眺めていた。仮面の魔術師の魔術のせいか、砂漠の芯まで凍るような寒さはなく、心地よい穏やかな空気の中にいるようだ。 レジスには悪いことをした。だが、状況を理解した今では、あのレジスの言葉が 「なんかえらくいい感じで進むね」 不愉快だった。 ジャックの物語はしっている。ナイチンゲールの名で知られるその物語で。魔術師は生者を死者、生ける影にと変え、世界を席捲した。あれが真実だとしたら、仲間は既に命がない。そして道具として使われている。 あの時にいた中ではっきり分かったみんなの姿を思い出す。 母親の弟であるガク叔父、鎖の中でももっとも目上のヨズ爺、ヤミ姐さん、そして親父。 そしてトリュファイナも。彼女もまたそうなったのだろうか。 それを考えると腹の中で何かが動いてくる。それは憎悪だ。暖かな故郷を、憧れていた少女を、自分の世界を奪ったものへの。 あの仮面の魔術師を信じよう。そうしなければ武器が手にはいらないのなら。 エリクは目を閉じた。 眠れるわけはない。そう思ったが体は休息を欲していた。 目を開ければ朝だった。 「エリク、おきなよ」 目を開ければレジスの姿がある。 「おお」 エリク以外は既に用意を終えている。レジスとフェルティアの前には荷物が用意されている。 「あなたの装備です。一応、あなたが使っているものを用意しました」 仮面の魔術師の差し出したのは、確かに『鎖』で使っているものと一緒だった。 「俺が誰かも調べ済みか」 「ええ。だからこそ信用できると思いまして。竜殺しのヤグナーの前で侍女をかばって剣を抜く男はそうはいませんからね」 エリクは苦笑した。 「では、私は彼を連れて、剣を取りにいきます」 「偵察は任せてください。夜になったら連絡しますので」 フェルティアはいった。 「ではいきます」 エリクはレジスに近づいた。 「昨日は悪かった」 「いいって。それより速めに頼むよ。あの娘といると体がもたなさそうだから」 「違いない」 二人を笑いあった。 フェルティアが不審そうな目でエリクとレジスを見ている。 「さっさとやってくれ」 エリクは仮面の魔術師にいった。 「では出発しましょう」 魔術師は呪文を唱えた。 エリクの前で景色が変わる。レジスが手を振り、フェルティアは見つめている。 それが変わった。潮風がエリクの横を吹き抜けて行く。青い澄んだ海が広がっている。 足元には白い砂浜。 砂漠の海から本当の海への移動はほんの一瞬だった。 「ジャック・アーヴィングの墓はこの島にあります。この島のどこかにある墓から、剣を手にいれなくてはなりません」 「分かった。他には何かないか?」 「眠っている間に事態は帝国に知れました」 「なんだって」 「既に各地で帝国軍が集結しています。いいところ三日ですね。もっとも早足の部隊でしたらもっと早く到達するかもしれません。できるだけお早めに」 他人事のように魔術師に、 「俺一人で行くのか?」 「ジャックは魔術師が嫌いなのですよ。今でも魔術師に対して呪詛をかけている。実のところこうしているのもつらいのです」 「分かった。ありがとな」 「いえいえ。これも仕事ですから」 「行く前に一つだけお聞きしていいですか?」 「なんだい?」 「どうしてあなたがたが鎖と呼ばれるのかご存知ですか?」 「いや」 「もし迷ったら鎖の意味を考えてください」 魔術師は消えた。 「わけわからん助言はかえって困るんだがな」 目の前には海。振り返れば森。行くほうはすぐに決まった。 「さていくか」 エリクは森に向かって歩き始めた。 「我々も行くぞ」 フェルティアの言葉にレジスはうなずいた。 目の前にいたエリクが魔術師と共に仮面の魔術師と消えてまだ間がない。 「まずは用意しよう。この格好で町に入ったって目立ち過ぎだよ」 フェルティアはぼろぼろながら正式な騎士の格好だ。 「それもそうだな」 「服はいろいろあるんだけど、どれがいい」 仮面の魔術師に頼んでおいた荷物を開きながらレジスはいった。 「そうしたことは分からない。お前に任す」 「分かった。じゃあ、化粧しようか」 「化粧?」 「普通の人にしてはなんだからさ」 「さっさとしてくれ」 レジスの言葉にフェルティアはどなり返して答えた。自分が男勝りであるのは分かっているが言葉にされるとさすがに不愉快だ。 「じゃあ始めるから目を閉じて」 顔に柔らかな筆の感触があった。柔らかな筆の動きはくすぐったい。 それでも顔に力をいれて崩さないようにこらえた。「普通の人にしては」なんというのはどういう言い草だ。確かに女にしては背も高いし、日焼けをしている。化粧もしてないのだ。だが、自分は軍人なのだからそれが当たり前なのだ。舞踏会でドレスの裾を翻し、貴公子の心を狩るのが仕事なのではない。 「おまたせ」 「早いな」 あきらめたわけだ。そう思ってレジスの差し出した鏡を見た。 そこに見えるのは不機嫌そうな顔をしているものの十分美しい女性の顔だ。 それが自分だと認めるのに少しばかり時間がかかった。 「うわ、ごめん。確かにこれから偵察に行くのにちょっと派手かとは思ったんだけどついさ肌がきれいだったから。もっと淡い感じの方がよかったかな」 「いや、いい」 「服はこれでどうかな」 派手な色合いの服は踊り子のものだろう。 「これは」 「踊り子がいいと思ったんだけど。花があるし、手足が長いからきっといいだろうなって」 言い訳がましくレジスはがなった。 「そうか」 そう答えている声が心から遠い。自分ははこんなに着飾る事を忘れていたのだな。 「まあ試しに着てみてよ。外にも二つ三つあるからさ。俺あっちにいってるから」 そうしてレジスがいなくなって服をみる。それは踊り子のものよりまだ静かな召し使い用の服を選んだ。。 鏡を見ているとペガサスが寄ってきて不思議そうにこちらを見ている。 「お前までそう不思議がるなよ。ちょっと目立たないようにな」 「どう」 少しばかり遠くから声が聞こえた。 「少しばかり小さいが大丈夫だ 「小さいんだ」 レジスはため息をついた。 「不服か」 「いえいえ」 「この子でいくわけにはいかないしどうする」 「いいものあるよ。空飛ぶ絨毯。それでいけばいいんじゃい」 「そんなのがあるならどうして出さない」 「ここだけの話虫食いでね。とても戦うのは無理なんだ」 「お前は何者なんだ? 戦士というわけでもない。妙に場慣れしている」 「商人だよ。もともとはちょっと傭兵も、冒険者まがいの事もしてたけどね。納得した?」 「まあな。だが、仕切れない事もあるが」 「この化粧の慣れは何だ?」 「ここだけの話、都市に入る税金が女の方が安いからね」 レジスはあっけらかんといった。 「今後は一律にしよう」 フェルティアは呟いた。 「こっちもそっちの事知らない」 「天馬の騎士だ。そうはいっても、今は任務中ではない。国へ帰る途中、トリュファイナのところに寄ったところだ」 「分かったよ。なんか気持悪いから言っておくよ。君はアルフィスタ家の跡取りだろ」 フェルティアは驚いて声が出なかった。天馬の騎士の中で、自分と同格のものは多いのにどうして見抜いたのか。 「いろいろ旅していると聞くこともあるしね。これで俺に隠し事はないよ」 「私もない」 毅然とフェルティアはいった。 「あとさ、もう少し口調を変えた方がいいかもしれないよ」 「どうしてそんな事をしなくてはならない?」 「偵察にいくんだし。ばれたらしょうがないでしょ」 「分かった。これも偵察のためだ」 「じゃあご主人さまっていって」 レジスは笑った。 「はいどうぞ」 「レジスさま」 レジスがびっくりという感じでばかみたいに口を開けてこっちを見ている。 「どうした」 「まさか本当に言うとは思わなかった」 フェルティアは今レイピアがないのを心底残念に思った。 「レジスさま、では参りましょうか」 その思いを笑顔に込めながらフェルティアはいった。 「ごめんごめん。でも、これで偵察は成功したも同然だよ」
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