太陽の
騎士

月の
巫女

NO1
邂逅

その1
その2

 

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「覚えてくれていたんだな」
「忘れないわ。あのけがはだいじょうぶ?」
  そうトリュファイナがいうと納得したようにエリクは頷いた。
「ああ、だいじょうぶだ。覚えていてくれたんなら話が早い。あんたに聞きたい事があってきた」
「何かしら」
  あの小姓なら恐れる事はないだろう。そう思ってトリュファイナは気安くいった。それに同年代の少年にこうやって乱暴に話しかけられるのは新鮮だ。
「ルベスさまが襲われたというのは本当か?」
  思ってもいない父の消息に、トリュファイナは首を傾げた。
「父は元気よ。明日はお帰りになると思うけれど」
「それならいい」
  エリクは安堵したのか大きく息を吐いた。
「邪魔したな」
  エリクは窓に向かった。
「どういうことなの」
  振り返り、エリクは言葉を選ぶようにのんびりといった。
「昨日の夜、急に召集がかかってな。親父以下全員出かけちまったらしい」
「らしいって?」
「ああ書置きがあっただけなんだ。それにはルベスさまが襲われたってあったんだ。それで命令が来たと。ところが朝になってみれば何も騒ぎになって。うちみたいな奴隷騎士のところまで話がきているんだ。大騒ぎになっていてもおかしくないだろ」
「奴隷騎士だなんて」
「事実だよ」
  エリクは腰の剣を見せた。鞘に描かれた鎖は、エリクの一族がかつて帝国に逆らった。その後、助命されアークラム家に仕えるようになった時に与えられたものだ。
「帝国には空間転移のゲートがあるから、魔法で一瞬で来るはずだわ」
「そうか。じゃあなんでだろうな」
「エリク、早くした方がいいよ。朝になっちまう」
  エリク一人ではないようだった。もう一人はベランダに隠れているのだろう。
「それには及ばんな賊」
  赤髪の少年が部屋の中に転がってきた。

「レジス」
  エリクは叫んだ。
  ここに入るのに手を借りた少年。レジス・シャールだった。
  続いて入ってきたのは軍人らしい姿だった。帝国の白い軍服の胸にはペガサスが描かれ、少年の手にはよく手入れされたレイピアが握られている。
  エリクが身構える間も無く、レイピアが振り落とされる。前髪が散った。交わしたものの容赦がない。さらに一閃したレイピアが腰の剣を止める金具を壊した。
  もともとエリクの剣は膂力に任せ、相手の武器ごとたたき壊す戦場の剣だ。対してレイピアは確実に急所を狙い相手に負けを認めさせる宮廷の技だ。
  エリクは相手を傷つける気はなかった。それは不利というよりは愚かな選択だ。そんなことは分かっている。
「伏せろ」
  レジスの声が響いた。
  転がってきたのは煙幕だった。
  窓まで行けばレジスが縄を用意し、既に飛び降りるようとしている。
「いくぞ」
  二人は中庭に降りるとそのまま走り出した。向かっているのは水路であった。幸い離宮はそれほど多くの兵士の姿は無い。朝入ってきた水路に入り込み潜り始めた。そのまま水路を泳いでいると水量が減りやがて足がつくようになった。
  二人は水路の上の板をどかして外に出た。幸い、そこは路地裏で人の姿は無い。
  二人は歩き出した。
「まさか誰か飛び込んでくるとは思わなかった」
「そりゃこっちがいいたいよ。見張りしてたらいきなり隣の部屋の窓が開いてベランダを一跳びだよ」
「服は帝国の将官のものだったな。あのレイピアの腕もよかった」
「命があっただけよかったって事さ。ところでさ、そっちの用件はどうだった」
「姫も何の話もしらなかった」
「まったくどうなってんのか」
「内乱でも起こそうというのか」
「それはないよ。アークラム家じゃ帝国は無論、他の四家を倒す事も無理だもの」
「そいつは分からないぞ。戦はどういう風に転がるか分からん」
  レジスは大きくため息をついた。
「転がりようなんてないんだって。俺、いろいろなところで傭兵してたから分かるけど、帝国は本当に強い。個人でバカみたいに強い連中がいるんじゃなくて、平均が高いんだよ。一騎打ちなら五分でも、勝っていても長くなれば帝国は勝つと思う」
「そういうものか。俺は正直分からない。この国から出たこともないしな」
「それじゃいこうぜ。旅の仕方は教えてやるよ」
「そうか」
  気付けば『鎖』の詰め所だ。いつもなら昼間のこの時間は訓練の声がしてくるのだが、今日は全員が出撃していたせいで静まり返っていた。
「まあ気が向いたら一緒に旅にでも行く?」
「そうだな」
  エリクは答えた。
「それはこちらの用事を済んでからにしてもらおう」
  目の前に転がったのはエリクの剣だった。投げたものを見れば先ほど離宮であった少年だ。
  こうして目の中で見ると少年の身分がはっきりと分かる。胸にされた刺繍は天馬であり、ペガサスに乗ることを許されたものであるのが分かる。天馬の騎士といえば、最強の騎士である竜の騎士に比べれば多いが、それでも帝国に百人といないはずだ。
「お前」
「トリュファイナは気にしていないようだが、夜に女の部屋に踏み込んでくるような奴を許しておくわけにはいかんのでな。さっきは手加減したようだが、今度は抜いてもらおう」
  少年の目には士気の高さを感じさせる輝きがある。
「分かった」
  エリクは上着を脱ぎ捨てた。水分を含んで重くなった服がなくなっただけ体が軽い。
「お前、何を考えている」
「ぬれてるんだ。戦い辛い」
  エリクは構えた。
「待て」
「何だ? 怖気づいたか」
「違う。服なり防具なり身につけろ」
「ああ。戦うのには必要ないだろ」
「それはそうだが」
  エリクは剣を抜いた。



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