太陽の
騎士

月の
巫女

NO1
邂逅
その1

 

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 トリュファイナは目を開けた。
  開けてはいるものの暗くものは見えない。まだ、空気は幾分か乾いているから、夜明けはもう少しだろう。
  いつもならもう起きて朝のお祈りの用意をしてもいいが、今トリュファイナがいるのは王宮ではない。離宮であるここなら家庭教師もおらず、友人と供のものを数人連れてきているだけだ。寝過ごしたところで大したことはないように思えた。
  目を閉じる。そうしていれば柔らかな寝具の感触が体に伝わってくる。もう一度眠りにつこうとしたとき、窓の向こうで音がした。足音だった。
  目を開けた。飼っている猫と思ったが、それは猫でないのはすぐに分かった。闇の中とはいえ、物の大きさは分かる。
  刺客。
  トリュファイナはアークラム家の娘だ。アークラム家は帝国の中で権勢を誇る五太子家の一つである。帝国の初代皇帝ディオ・アシウス・アムドゥシアスの養子である五人をそれぞれの祖としている。五人は現在も存命している皇帝より先に身罷ったが、その一族は帝国が生まれてより300年、実務の面では本家以上の力を有していた。
  アークラム家の領土は、帝都からもっとも遠い沿海部に位置している。設立当初は砂漠も近く、他の家に比べ、発展は遅れたが、東方の国家であるティーナとの交易が進み、今では豊かな国となっている。
  トリュファイナは枕元に隠した短剣を取った。抵抗はする。しかし、人質にされるなら喉をついて死ぬ気だった。
  薄目を開けて見れば、刺客は自分を見下ろしている。
  腰には中型の剣が吊るされているが、それは随分と厚い。こんなものを自在に振り回す人間なら随分と力のあることだろう。
  トリュファイナは迷った。不意をつくかどうか。
  部屋が外の日差しを受けて少しづつ明るくなっていく。影は消え、そこに立つ人間の姿をはっきりと見せる。
  そこにある顔はよく日焼けしていた。まだ、幼さを感じるが、整っているきれいな顔だった。鋭さを通り越して、害意を感じさせるほど凶しい目はそれを台無しにしていた。
「エリク?」
  その顔をトリュファイナは知っていた。

 離宮で行われた、その夜の舞踏会も数多あるものの一つだった。
  アークラム家の末席としてトリュファイナは参加していた。
  今日のこの宴はレテの聖女を迎えるためのものだった。だが、仮にも聖女と呼ばれるような人間が、こうした宴を喜ぶのか、という疑問もあって、それがずっと気にかかっていた。
  聖女は白い神官服に身を包んでいて、小柄で表情次第ではまだ幼いといっていい姿だった。だが、その青い目は澄んでいて感情が見えない。
  談笑しているし、楽しげなのに、どこか芝居をしているように見えた。
  そうは思ったものの、この場で本当に楽しんでいるものが何人いるか言い切る自信はトリュファイナにはない。
  主役である聖女を始め、父であるルベスが退出すると、穏やかな空気が会場を包んでいた。
  聖女のいる手前いえないような俗な話が至る所で夜の花を咲かせ始める。
  トリュファイナも部屋に戻ろうとした時だ。
  大きな音がした。
「侘びだけで許されるならば、この剣を佩く事はないわ」
  侍女と思われる少女が殴られたのか地面に転がっていた。
  殴ったのは鮮やかな鞘の剣を持った青年だった。鞘は赤く装飾がなされ、竜が描かれている。大きな体に比べ侍女はその腕ほどしかないだろう。
  ヤグナー・ナス。若手の騎士として最近よく見るものだ。噂ではドラゴン殺しをしたと言われており、その噂を否定する事もなかったから、それは王宮ではありえる事として認知されていた。
  そのヤグナーが殴ったのだ。謝る事も忘れて何もいえなくなるのももっともな気がした。だが、答えない侍女にヤグナーは剣を振り上げた。
「待ちなさい」
  声を張り上げたが聞こえないのか、剣は振り落とされた。
  異音が響いた。こんな広間では不釣合いな鋼のぶつかり合う音。
  剣を受けたのは剣だった。
  受けたのはどこかの小姓であった。太い刃を持った剣は太いものの、青年に比べ膂力で劣るのか、体は恐ろしく突っ張っている。
「はは」
  ヤグナーは嘲笑しながら剣を引いた。小姓はひざを曲げた。誰しも終わりだと思った瞬間、両手に持ち替えた剣が振りおろされる。 
  再び大きく鋼の音が響く。だが、今度は違った。足の筋力を溜めて放った一撃はヤグナーの体を退かせた。
「貴様」
  青年の目に怒りが見えた。
  先程までの手加減はなく殺すための一撃。小姓も下から刃を跳ね上げた。
  剣が二本転がった。二本の剣を跳ね飛ばしたのは一人の男だった。
  ヤグナーが怒りの声を上げるびと小姓の体が大きく張り倒された。張り倒したのは割って入った男だ。この場で最年長と思われる男であった。腰には小姓の持つのと同じ刃の太い剣が見える。ただ、その鞘に鎖を意匠した紋章が光を放っている。それが父ルベスの信頼の厚い戦士であるシベルナ・チェンバースであるのをトリュファイナは知っていた。
「赤い剣ナス家のヤグナー様とお見受けいたします。我が手下の不始末、これでお許しいただけますか」
  シベルナの手には先程弾き飛ばしたヤグナーの剣がある。両手で差し出した姿勢はヤグナーが直ぐに剣をとれば切り殺せる構えだ。
  この状態で、シベルナと小姓に刃を振るえば、責められるはヤグナーであろう。
「誰かと思えば奴隷騎士の部下か。それならその非礼も仕方ないことだな」
  ヤグナーは鷹揚にいった。
「ありがとうございます」
  自らの親といっていい年齢のものに対するヤグナーの言葉にトリュファイナは反感を覚えた。
「ただ、次はこうはいかん。その小僧の名前を聞いておこう」
「ナスさまに名を覚えていただけるとは。エリクともうします」
「覚えておこう」
  ヤグナーは小姓エリクに背を向け歩き出した。
  トリュファイナは小姓に駆け寄った。大きな怪我はないようだが、額に僅かに血がにじんでいる。
  トリュファイナはナフキンで血をぬぐった。
「悪い」
  小姓の頭を大きな拳骨が襲った。
「もうしわけありません、トリュファイナ様」
「どうしてそんなことを」
  トリュファイナの声には隠し切れない非難が出ていた。
「人には役目がございます。このエリクの職務は同じ方に仕えるものに刃を向けることではありません」
「今の彼のしたことは素晴らしいことです」
  シベルナは答えずに意識を失っているエリクを抱えて歩き出した。
 


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