地下道への入り口の前でフェルティアは立ち止まった。
「戻りましょう」
フェルティアの呟きが地下道に響いた。
前を歩くレジスは立ち止まった。
「心配なのか?」
「ええ・・いいえ、正直なところ、あの一名で城一つを制したというのフェイトさまが及ばなければ、魔術ではあれには対抗しえないということです。だから、私がいたところでどうにかなると思えないのですか」
「そうね若い男女だし何か間違いがあると困るわね。私はおばあちゃんにはなりたくないし、ああいつまでもというわけではないのよ、いずれそうかもしれないけどまだね」
「いや、その心配はまったくしてないです」
レジスにいわれニアヴは複雑そうな表情をみせた。
「あの子のそういうところは知られているのね。まったくしょうがないこと」
「だから名前だけがいろいろなところで先走っているんです」
声が聞こえた。背後から歩いてくるのはアルとフェイトの姿だった。
「楽勝だったな。いや、まったく」
そういいながらアルの顔色は悪い。
「アルさま、だいじょうぶですか」
フェルティアがアルに近寄った。アルは穏やかな笑みを浮かべた。
「だいじょうぶだ。フェルティア嬢にも苦労かけだな」
「いえ、そんなことは」
「後の二人は?」
「小屋で寝かしてあるよ。傷は大丈夫だと思うけどつかれちゃってたからね」
「ああ、エリク氏がいなければどうにもならなかっただろうしな。いや、もちろんフェイト氏もだが」
「そんなの気にしてませんよ」
フェイトは笑顔だ。
「彼は何か勘違いしているようでしたしね。だから気にしないでください」
エリクは目を覚ました。
目の前というよりは見下ろしているトリュファイナの顔に気付く。
戦いのさなかだったはずだ。腕は剣を探し、トリュファイナを守ろうとその手を引いた。
「大丈夫だから」
「悪い」
驚いて離れたせいで自分の体が回復している事に気付いた。あれだけ全身を酷使したのに疲れも痛みもまったくない。癒しの女神であるレテの聖女アル・ナスラインがいたのだから当然かもしれないが。
そこは前に酒宴をしたノームやドワーフの作業小屋だった。エリクはベットに寝かされ、側にはトリュファイナがいる。
静かな小屋の中は、エリクが意識を失う前までとは無縁のようだ。
「どうなった?」
あの騎士というには奇妙な存在にやられ、意識を失ったのはおぼえている。ここまできているのが逃げたのかそれとも。
「まだわからないけど、さっきまであった気配がなくなっている。きっと、魔王が介入したからでしょう」
エリクは舌を噛んだ。自分が結局拒んだ人間に救われたということだ。
「ねえ、エリク。どうしてあなたはフェイト・クローナを嫌うの? 確かに私達は魔術師に故郷を荒らされ。あなたは仲間を失った。でも、戦士だって、悪い人はいるわ。私があなたを初めて知った時のように、戦士でも庇うものもいれば襲うものもいる」
エリクは手の中の『闇払う陽の標』を握った。
「これを手に入れたのは魔術王の計らいだ。俺が今ここにいるのも、あいつがつけた道の為だ。いったいあいつの狙いが何だったのか今でも分からないけどな」
「あの時はしょうがなかった。あなただって差し出された剣を受け取らない事もできた。でも、エリクは私の為に剣をとってくれた」
エリクは小さく笑った。
「夢のようだと思った。帝王が妖精后と出会ったように、俺にもその日が来たんだって。名もなき戦士が、魔術師の助力で、剣を手に入れ、姫君を救う。よくあるお話だ」
「分かるよ」
「でもお話は終わらなかった」
「そうだね。あれから、少しして私は本家にはいって月の巫女になった。そして帝国に入ってみて分かったの。私達はまた物語の中に戻りつつあるの」
「神話?」
「昔、神々の駒として動かされた多くの国が滅んだ。その戦乱の中で生まれてきた帝国は、様々な種族、人間や妖精種、竜を内包している。その融和の象徴が、一角獣に助けられた人間と妖精の恋人同士である、帝王と妖精后の物語」
「確かにそうだな」
「でも物語は終わるわ。帝王も妖精后も遠くなりすぎて、その力や志を知らないものが帝国に、今の世界に新しい神話を作ろうとしている」
「それが今のフミヨのしていることか」
トリュファイナは頷いた。そしてエリクの目をじっと見つめた。
「どうしてこうなったか分かっているんでしょ?」
エリクは頷いた。
「最初から、フェイト・クローナと手を組んでいればよかったってことだろう」
「ええ。エリクもそれが分かっているのに今回手をくもうとしなかった。その理由を教えて欲しいの」
エリクは舌を鳴らした。
扉がいきなり開いた。
「大丈夫ですか?」
アル、レジス、フェルティアの三人だった。
「傷はできるだけ癒したつもりですが、不十分でしたら、今すぐに行います」
「すいません聖女さま」
エリクは頭を下げた。
「いえいえ。無事で何よりです」
「クローナ師はどこにいらっしゃいますか?」
「ああ。フェイト、入ってきて欲しいそうだ」
フェイトはニアヴに背中を押されるようにして入ってきた。
「ありがとう。助かった」
エリクの言葉にフェイトは笑顔で答えた。
「いえいえ。あなたが追い詰めていたから撃退できました。アルを守ってくれてありがとうございます」
無言のままアルはフェイトの足を踏みつけた。