NO8
唱う声猛き剣

その1
その2


 

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声猛き剣

 唱えた瞬間は何も起こらなかった。
「そんなばかなこと」
  確かに何かが抜けていった感触はあった。だが何もおこらない。自分に変化はない。
  だが、何かは起こっていた。先程の自分の呟きが聞こえなかった事に気づいた。回りの音が一切消えている。
  エリクとガドフリーの激しくぶつかり合う音も消えていた。そして世界は暗い。 
  そこに立つ誰かに気づいた。それは自分と同じ顔をしていた。少しだけ成長しているが、この姿を見れば百人は百人アルというだろう。
  そして隣に立つ姿。それはアル自身がもっともよく分かった。そこにいる虚無に満ちた目を世界に向けている少女。それは過去の自分の姿という事を。
  昨日と明日の二人だけでなかった。数多のアル・ナスラインが見えた。感じられた。
  自分が世界にただ一人という確信は消え去り、まるで自分が存在する理由などないようだ。
「そんなことはないわアル・ナスライン。ここにいる全てが、生まれるかもしれない未来と、殺してきた過去なのだから」
  そういうのは誰だろう。自分自身の考えの呟きに似ていたがそうではなかった。
「あなたはあれを殺したい。その憎悪を知っているよ」
  誰かがアルの側に立った。
「わしならあれを殺せる。シアを取り戻すことはできない。でも、シアを奪いわしにこんな想いをさせた存在を殺し切れる」
  それは過去か未来か。ともかく自分の言葉であった。
  選択を変えれば到達したかもしれない自分。その確信に満ちた言葉を受けてもいい。そう思った時、フェルティアとレジスが思い出された。
  フェルティアが示してくれた友情。そのフェルティアを託したレジスとの言葉。そしてフェイト・クローナの姿。
  それは誰にどのアル・ナスラインに向けられた言葉か?
「だめだ。わしはわしを捨てられない」
  アル・ナスラインの声が聞こえた。
「そう死をそれ以上の死をもって葬ることはできません」
「ふざけるなあれを殺せなくてどうして生きてきた」
「聖女であることを忘れないで」
「まだ、そこに至るには早いですよアル・ナスライン」
  多くは聞こえない意味の羅列だ。その祝福を、怨嗟を、嘆きが一気に遠さかった。
「ちい」
  エリクの剣戟の音が聞こえてきた。
  何も変わってはいなかった。
  世界は死に満ち、エリクとカドフリーの戦いは続いている。
「だいじょうぶ?」
  ニアヴの手が柔らかい。そう彼女も自分を引き止めてくれていた。
  アルは手を上げた。今の自分にできる全力を尽くすだけの事だった。
  鎮めなくてはいけない。清めるのでもなく、打ち砕くのでもなく。
「言霊の守護 永遠の歌姫 汝が聖印を我が元に」
  黄金の光が舞い降りた。
  言霊の主。音楽の神。永遠の歌姫。そんな名で呼ばれる女神の聖印は黄金の竪琴であった。
  アルの手の中で竪琴は緩やかに音楽を奏で始める。穏やかな音楽は安らぎを与え、闘争心を奪っていく。この音楽もそれであった。
  アルは歌い始めていた。安らぎの歌を。
  エリクは這うように身体を包んでくる安息に不快を感じた。今、自分を駆り立てている憎悪が静まってしまう。
「何を考えている」
  アルは答えずに歌い続けた。ガドフリーの身体がわずかに震えた。体が少しづつ塵と化している。
  アルはエリクを見た。
「戦いを止めろ」
「退けるか」
「エリク氏の持つ死がここでは一番大きいことに気付かないのか? この場は確かにくくられとはいえ、ダルタロック神の世界だが、もっとも大きな死は紛れもなくエリク氏だ」
  エリクは息を吐いた。
「俺が死」
  エリクの呟きに重なるようにアルの歌が再び響き始めた。
 

 フェルティアは目を覚ました。
  アルに触れられて意識を奪われたのを思い出す。魔術や体術だけなら対応できても、アルの使うのはさらに医術や奇跡まで混じっている。きれいに意識を奪われたのも分かる気がした。
  目を開ければレジスの背中が見えた。
「レジスさま」
「気づいた」
  レジスは安堵したのか微かに笑みを浮かべている。おぶわれている事に気付いてフェルティアはあわてておきた。
「アルさま、トリュも・・・」
  見捨ててきたんですか?、そう聞きかけてからフェルティアは黙った。気絶する前のアルの行動。それを思えば何もいえない。
「おきたそうそうなんだけど、頼みがあるんだ。助けを呼んできて欲しい」
「当然です。でも、それはレジスさまも一緒に」
「ちょっと後ろ見て」
  フェルティアは振り返った。
  そこには無数の死者が湧き出していた。聖域であったここには様々な死人が眠っている。それがダルタロック神の力を受けて動き出しているのだ。
「ではレジスさまがいかれては。攻撃力なら私の方が高いです。魔術がありますから」
「駄目なんだ」
  レジスは足を見せた。足は大きく焼け爛れている。
「ちょっとどじちゃってね。走れそうにない」
「そんな」
  フェルティアは座り込んでレジスの足を見た。
「これフェイトさんが持っていってくれっていったんだけど、姿が見えなくなる指輪だって。これを使えば見つからずにいけるから」
「分かりました。絶対に助けを呼んできます」
  指輪をつけるとフェルティアの姿が消えた。
「ではいってきます」


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