NO8
唱う声猛き剣

その1


 

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声猛き剣

「天后ムーアに奉る 三日月の中見える翳りを持って 月の慰めとなさん」
  トリュファイナの声が響いた瞬間、世界は変わった。
  いつもは眼に見えずただある様々な力が増し、姿を見せていく。
  エリクの体が光に包まれる。それは抜き身の刃に似ていた。エリクの闘争心が形をとったように鋭い。
  エリクの闇払う陽の標がダルタロック神の、いやバネット・ガドフリーの体を貫く。
  光が炸裂するように広がり、一瞬でガドフリーの腕が塵と化して吹き飛んだ。
「いける」
  エリクは低く戦叫をあげた。それに答えるように闇払う日の標の刃に光が満ちる。
  ガドフリーは小さく呟いた。
「これほどなら灰の巨神も役に立たぬわけだ」
「そうだ。この剣はもともと神のもの」
「だがお前は神には達していない」
  ガドフリーの腕に塵が集まり、元の姿に戻る。
「なに」
「たいした技ではないだろう」
  エリクは不意に吹き飛ばされた。何も見えなかった。
「神とは何だ太陽の騎士?」
「さあな」
「それは人が人を裁くことをできぬのをより上位の何かを規定することで作り出したものだ。元来、神そのものには力はない」
「お前何をいっている? お前はダルタロック神の使徒だと。それが神は否定するのか」
「こうなってからわかることもあるということさ」
  エリクの体が再び吹き飛ばされる。
「神とは無意志の力なのだ。紡ぐのは人だ」
「そいつは同感だ」
  エリクは構えなおした。
「だからお前はさっさと引っ込め」
  エリクは飛び込んだ。
  ガドフリーは鎌を振りかぶった。

「直ぐとけ。これは不利だ」
  トリュファイナはアルの言葉に答えはしなかった。力を使い切っているのか座り込んでいる。
「どうなってるのアルちゃん」
  レジスの声にアルは目を細めた。
「元来内側に存在している魂の力を強制的に外に向けている。これは強くなるが同時に危険を孕んでいる」
  レジスの問いにアルは困った顔をした。
「元来、魂というのは肉体を以て初めてこの世で活動できる。その枠を緩めたのだ。しかしそれは同時に」
「さすが聖女。そう、エリク・チェンバースが強くなった以上に、こちらもまた力を得たということだ」
  鎌が空を凪いだ。エリクは鎌を闇払う陽の標で受けた。力は均衡しているように見えた。だが、そうではないのはエリクの顔色から明らかだった。ガドフリーが片手で操っているのに対してエリクは両手だ。そして見る間に光の強さが落ちていくのが見える。
「レジス氏、フェルティア嬢を連れて逃げろ」
「アルちゃんはどうするのさ」
「わしは借りを返さなくてはならないしな」 
 アルは不敵に笑った。
「『昏き理』を使うおつもりですね」
  フェルティアはアルを見た。
「ああ。あれなら今の状況を打破できる」
  アルはさっさとトリュファイナから受け取ってあった本を見せた。
「アルさま、どんな危険があるかもしれないのに」
「生きるというのは危険だらけだろ」
「そんな当たり前のことをいうのはよしてください。アルさまは自分から危険に向かっているじゃないですか。それが生きるということならとんだばか者です」
  フェルティアは怒りを込めた声でいった。
「好き好んで危険に会うのはバカだ。だからバカではないフェルティア嬢は逃げろ」
「アルさまを置いて逃げれません」
  そう小さな声でいうフェルティアの顔は蒼白だ。既にここにいるだけで元来健康なフェルティアの力がより蝕まれているのがアルにはよく見える。
「フェルティア嬢」
  アルは目をおさえた。こみ上げてくるものが抑え切れなかった。
  ダルタロック神の気配にあたっているのは、魔術を会得しているとはいえ、肉体的には人間の少女であるフェルティアにはひどく辛いはずだ。
「すまんな」
  アルは小さく頭を下げた。
「ではアルさま」
  優しくアルの手がフェルティアの顔に触れた。フェルティアの目から涙が一滴落ち、そのまま倒れる。
「さあ行ってくれレジス氏」
「アルちゃん、絶対戻ってくるよ」
「それまでには終わっていると思うがな」
  アルは自信満々の顔で笑った。
「わかったよ」
  レジスはフェルティアを背負った。
「ニアヴ嬢もいってください」
「もしかして義理の娘になるかもしれない人を置いてはいけないわ」
  アルは一瞬だけ顔を赤くして答えることはなかった。


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