NO8
唱う声猛き剣

その1
その2
その3


 

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声猛き剣

 フェルティアは駆け上がっていく。
  透明になっている時に激しい動きや、呪文を使うような事があれば、その効果はたちまち消える。
  フェルティアの家であるアルフィスタは魔術師として優れた一族であるが、同時に武人としての訓練も受ける。結局、魔術を選んだが、それでもフェルティアはいろいろなところで筋がいいと言われてきた。
今のように軽く走るのは、残してきたレジスやアルのことを考えると苦痛だった。
  霊の中でフェルティアは立ち止まった。異質な気配がした。
  回りに浮遊する人に似た霊たちとは違うはっきりとした力だ。それが自分に向けられているのが分かる。
  そう思った時、自分の影にもう一つ潜む影に気づいた。視線はそこから来ている。
「誰です」
  鋭い声を上げた瞬間、影の中から一人の魔術師が姿を見せた。
  黒髪黒目。濃緑のローブの青年だ。
「フェイトさま」
「どうしてここに? 指輪はレジス君に渡しておいたのに」
  フェイトは困ったように頬を掻いた。そのバツの悪そうな顔でフェルティアはすぐに分かった。空間転移の際に標識となるように何らかの仕掛けを施した指輪を渡したのだろう。
「非常時の媒体に使う代わりに渡したんですか。魔術の知識のない人にそんなものを渡すなんて」
「商人だから鑑定くらいはしたと思いますけど」
「あ、そうでした。レジスさまは商人でしたね」
  フェイトは苦笑いして回りを見た。
「それよりも声が大きすぎたようだね」
  フェルティアとフェイトにゆっくりと霊たちが近づいてくる。もうさっきフェイトを看破した時点で魔術の効果は消えているはずだ。フェルティアが呪文を唱えると十本あまりの魔法の矢が生じ、霊を貫いていく。
「レジスくんやアルさんは下かい?」
「はい」
「レジスくんには悪いが」
  フェイトのケープが大きく広がるとフェルティアの視界をふさぐ。
「少しだけ辛抱して飛びますから」

 レジスは顔を上げた。自分が笑っているのがわかる。少なくともこれでフェルティアが生き残れると思えた。それで十分だ。
  決意を持ってレジスは下、アルをはじめとする仲間たちが残っている場所に眼をやった。
  不意にレジスの影から魔術師のケープが現れる。
「フェイトさん」
  それは知人の魔術師の姿だった。
「レジスさま」
  フェルティアは飛び出すなりレジスに抱きついた。
「え、ちょっと待って援軍ってフェイトさんだけ?」
「あ、そうです」
  ちょっと頬を赤らめつつフェルティアは咳をした。そんなことすっかり忘れていた。
「この下ですね。アルさんがいるのは。二人はどうしますか? ここに結界を張っていくこともできますが」
「アルちゃんのところに戻るよ。だってあんなの相手にしてるんだ」
「あんなの? アルさんは今どうしてるんですか?」
「ガドフリーがダルタロック神になっちゃったんだよ」
  フェイトの表情がかわった。
「急ぎましょう」

 エリクが後退するとガドフリーは笑った。
「どうしました太陽の騎士?」
「ここは退く。聖女殿の言う通りだ」
  エリクが剣をおさめるとガドフリーのもつ力が下がっていくのが見える。
「そちらが勝手に退くだけの事」
「いいえ、あなたも消えます」
  トリュファイナは眼を開けた。
「月の慰めは真夏の夜の夢。もう幕が下りるようです」
「どうしてそんな」
「既にあなたはダルタロック神の世界と切り離されています。神と一緒になったとはいえ、人間ガドフリーとして取り残されたということです」
  それはガドフリーの消滅を意味していた。既に死の神となったガドフリーは地上にいるだけで消耗していく。先程のダルタロック神の世界があればこその今までの力を見せることができる。
「くうう。お前の攻撃もただの時間稼ぎか」
「結果としてはな」
  エリクはトリュファイナを不満気に見た。
「アル、危ない」
  ニアヴの声だった。
  聞こえた時、アルは振り返った。炎が迫っていた。竪琴が一瞬で燃え尽きた。
  まっすぐに炎が線を描く。炎が上がる中、降り立ったのは巨大な騎士であった。鋼のプレートには呪紋、魔術により何らかの処理がされているのが見える。
 機械が軋む音がした。騎士。人と言いきることができない存在であった。その目は明けに寒々と夜空に光る明星を思わせた
  騎士はガドフリーの体を抱き上げた。その体を光の膜が包み込むとそのまま消えていく。
「お前は何者だ」
  騎士は答えない。火柱が現れ、それは人の姿を導き出した。ローブをまとったその姿は魔術師のものだ。手には竜頭のロッドが握られている。
「そういえばほとんどここにいる人間とは初対面ね。まあ、ガドフリーと同じ立場ということよ」
「フミヨのものか?」
  エリクの問いに魔術師は笑った。
「まあそんなところね。どうも怪我人ばかりだし、軽く捻らせてもらおうかな」
「させるか」
  エリクは切りかかった。魔術師とは思えない豪快な払いで剣は弾かれていた。
「予想通りね。もともと『闇払う日の標』は、魔術や呪力にはいい反応をするけど、剣としては、特別に上のものではないわ。まあ、硬度だけでも、かなりのものだけれど」
「武器は武器だ」
「そうだったわね。かの『魔術師』を倒したのはあなたの技であって、神剣ですらただの一手に過ぎなかった。でも、これは強いわよ」
  騎士は剣を振るった。片手で操るものの人間なら両手剣程の大きさはある一撃をエリクは受け流した。
「まだまだ」
  さらに一撃一撃と重なるそれにエリクの体は宙を舞った。
「意外とただの重量のみの打撃には弱いものでしょ太陽の騎士さまも」
「エリク」
  トリュファイナがエリクを抱える。エリクは意識が飛んでいる。
「くう」
  アルはエリクを治癒しつつ、短剣をもって身構えた。脇にはニアヴが立つ。
「それはフェイトの短剣ね」
  こんな時だというのにのんきにニアヴはいった。
「はい」
「ならきっと大丈夫ね」
  騎士は襲い掛かった。


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