アルは向かってくる騎士を見ていた。
神眼で見たところどう考えても受けるのは無理な威力のように思えた。先制しようと、急所を探したがそれらしいものすらない。まったくよくできたものだ。
交わすこともそらすこともできる。しかしそれをすれば後ろで倒れているエリクとトリュファイナがつぶれる。
「アル・ナスラインはその剣を受けきる」
呪いを含んだ言葉はアルの全身に苦痛を与える。無理やり全身の力を搾り出した。それでもアルの体はしょせん華奢な少女だ。筋力には限界がある。
音が響いた。
騎士の重い剣を受けたのは奇跡だった。短剣が魔力を発してアルの体を支えている。だが、その輝きが衰えていく。
「くう」
騎士の体は吹き飛ばされていた。魔力の砲弾と電撃だった。
「アルさん」
「アルさま」
「アルちゃん」
三者三様の声が響いた。フェイト。レジス。フェルティアだった。
アルは答えようとしたが、まだ呪詛のせいか声が出ない。フェイトは息を吐くと、はっきりとした声で言った。
「後は任せてください」
「かっこつけてないの、もうダメな子ねフェイトは」
「母さん」
フェイトは苦笑いしつつ前に出た。
「皆さんを下がらせてください。ここは一人の方が戦える」
レジスは頷き、意識を失っているエリクを背負った。トリュファイナ、ニアヴも続く。
「アルさま」
フェルティアの言葉にアルは首を横に振った。
「癒し手が必要なのはあっちですよ」
「まあ、そういうな。この依頼を受けたのはわしだしな。それにもうみんな傷は治した。あとは気力の問題だ」
アルは笑みを浮かべた。そして急に何か思い出したように眉を曲げた。
「それにまた一人にしてわけのわからん借金を背負わされるのはごめんだ」
「そんなこともありましたね。あの時と相手は同じです。空間転移からの爆裂がくるかもしれない気をつけて」
「ああ、他にわ」
「離れないでくださいね」
そういったフェイトの真上でちいさな火花が散った。魔術師は小さく舌打ちした。
「この組み合わせもあの時以来だけど、前と違って逃がす気はないわ」
「それはこちらも同じです」
フェイトは呪文を唱えながら手を振った。空気中の水分が凝固し、氷雪の嵐が吹き荒れた。それは魔術師の放った炎にかきかけされる。
「やりますね」
「何のつもり?」
「生き残るつもりです」
それでもなおフェイトは氷嵐を呼びたたきつけた。その発動の速さは少しづつ増し、魔術師の相殺も追いつかない。だが、鎧には霜が微かにつく程度だ。だが、幾たびも放っているうちに部屋の温度が下がってきている。
アルは白い息を吐きながらいった。
「その魔術では無理だ」
アルのいうことはもっともだ。少しばかり下がったもののまったく騎士には効いていないようだ。表面の呪紋が魔術を分解している。壁や床にこそ冷気は跡を残すが、本来の相手である騎士には効いていない。
「確かに。よくできてますね? それはゴーレム」
「どう思う?」
魔術師はいった。
「フミヨの技術ですか?」
「ええ。あなたに貰った枝がいい触媒になったわ」
アルは怪訝そうに眉をしかめた。フェイトは苦笑する。
「他にも使える呪文はありますよ」
フェイトは穏やかな声で言った。
「例えばこんな風に」
フェイトは魔法の矢を放った。数は5。決して多くはない。
「それでどうにかできると」
「十分です」
矢は高速で向かった先は壁だった。魔術師の舌打ちが響く。
「そんな姑息な手で」
「正解です」
石組みが等間隔に綺麗に砕かれ、支えを失った壁が上から落ちてくる。
「氷雪で石組みを破壊したのか?」
「正解です。水は凍ると膨張するんですよ。それで岩はもうぼろぼろだ。もともとガドフリーの異界化のせいでここはもう崩れる寸前でしたからね」
フェイトはアルを抱えた。
「逃すか」
魔術師は魔術ではなく杖で殴りかかった。その一撃をアルはそらした。それでも腕がしびれるほど重い。
「あなたも逃げないと生き埋めですよ」
魔術師の姿が消えた。
「では、私達も」