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「アルちゃん」 レジスはアルの顔色が悪い事に気付いた。 もともとアルの膚の色は白いが、今の白さは青を含んでいる。 「ここは恐らく罠だ。最初にレジス氏とあった、あの砂の城と同じだ。ここは罠」 アルは口を開くと止まらなくなりそうな勢いだった。 「落ち着こうアルちゃん」 「そうですアルさま。三人いるんです。だから、よく考えていきましょう」 「ああ、そうだな」 答えこそそうだが、アルがそう思っていないのは見て分かった。どこか責任を感じているような打ちひしがれた顔は、内心の罪悪感と戦っているのだろう。 「アルさま、それだけ確信を持っておっしゃられるんですから、心当たりがあるのですね」 「わしは昔引っかかった事がある。財宝や隠された知識で、人間を釣るのだ。そして恐らくはその魂や肉体を生贄にされる。採生の魔術だ」 「俺も知っているよ」 レジスはかつて見たことを思い出しながらいった。 「俺達もでしょレジスさま。私たちは二人ともその事件に巻き込まれた事があります」 レジスが見るとフェルティアは大きく頷いた。 「アルさまはアークラム家の内乱はご存知ですか?」 「ああ。その前にちょうどいっていたからな。まったくそんな雰囲気がなかったのに。驚いたものだ」 「あれは仕組まれた内戦だったんだよ」 「目的は採生の魔術の為です」 「戦争を起こして採生したのか?」 「ただ、それは未然に終わったんだけど。だからさ、アルちゃんだけじゃないんだよ。そういうのに遭っているのはわ。怖いのは俺達も一緒だ」 レジスは一人の少年の号泣が思い出した。彼はそのために様々なものを失っていた。 「私は怖くありません。だって、今ここにお二人がいますから フェルティアは笑った。 「そうだな。いこう。ここで立ち止まっていても緩慢な死を迎えるだけだからな」 アルは決心したようだった。 ◇ 小さく音を立てて砕けたのが自分の腕であるのが分かった。 アルは腹からこみ上げてくる叫びに耐えた。そのまま引き抜きように腕を離して距離を置いた。 レテの癒しの力が働いているからほぼ間を空けずに傷は癒されていく。 だが、心はそうではない。一瞬とはいえ激痛が走るのは、傷がいえた後でも暫くは動く行為が恐れを与える。 「アルちゃん」 「アルさま」 近くにいる声が遠くなってきている。一体何度体を壊されただろう。少しづつだが磨耗している。 「速く逃げろ」 叫んだ。口元から血が漏れる。 洞窟の終わりに待っていたのは一面の砂だった。その中には数多の宝石が転がり、きらきらと輝いていた。 その砂の中を進もうと思った瞬間、砂は起き上がり、巨人の姿をとった。そう、フミヨであった人の灰からなる巨人であった。その大きさはフミヨで見たものと比べ物にならない巨大さだ。人が十人程度の死体から作られたものでも及ばなかったのに、それ以上の数の死体から作られている巨人。 「アルさま、死霊払いです。アルさまほどの神官なら撃退できるはずです」 フェルティアの声が聞こえた。 「そうだな」 答えながらアルは奥歯を噛んだ。自分が神官としての基本である死者払いをできない為にこうして二度も危機に陥っている。 「使えないんだ。あれには聖具が必要だが、レテの聖具はこの世にはない」 「ええ」 レジスは声を上げた。 「まずいよそれ」 「そうだな。だが、倒せないことはない」 アルはいった。 シアがしてくれたように自分もここでするべきなのだ。生命を賭ければもしかしたらうまくいくかもしれない。 アルは短剣を取り出した。フェイトから借りたままのこの短剣が自分の持ち物の中でももっとも威力が高いのは分かっている。 だが、通常の切断では倒せないのも分かっている。 神の眼を開く。どこかに逃げ道はないか探す。そう天井の一角が見えた。厚さはそれほどではない。全力で叩き込めば壊せるはずだ。いかに強力なアンデットでも太陽の光には傷つき、存在できない。倒せないまでもそこから逃げてもいいはずだ。 「わしの全力でも無理かもしれんから後は頼む」 「アルさま。そんな短剣では」 「だいじょうぶだ」 短剣から黒い光が漏れる。それは時折空気と跳ねあいながら悲鳴を上げるような音を立てた。 「行くぞ」 アルは翔けた。巨人を踏み台にしてそのまま天井に向かう。 自身の最大攻撃。体自身を魔力の触媒として強制的に加速させる。加えて生命力を使えるだけ削って放出する。その威力なら天井を突き抜けるはずだ。 天井を覆う岩盤に亀裂が入る。 「いけ」 小さな亀裂が一瞬で天井に広がった。冷たい空気が天井から流れ込む。 「アルさま」 「アルちゃん後ろ」 アルは後ろを見なかった。見れば集中が途切れたのか天井を壊しきれない。天井にひびが入った。 だが、アルの体は背後から受けた打撃に、地面に叩きつけられた。 「アルさま」 駆け寄ろうとしたフェルティアをアルは睨んだ。 「天井をぶち抜け」 フェルティアは立ち止まり掌を天井に向ける。掌に集まった魔力が弾丸と化して天井をぶち抜いていった。 冷たい空気が流れ込む。 だが、日の光は差してこない。雨が洞窟に振りそそいだ。 ◇ 「くっそ」 レジスは声を上げて巨人につっこんだ。だが、刃物の一撃は傷つけることもできずに転がる。 「レジス、伏せとけ」 光が走った。 雨が一瞬で消え去り霧にとかわった。その霧の中で一つの太陽があった。 太陽と見えたのは一振りの剣の輝きだ。 「エリク」 天井から飛び込んでくるのは一人の戦士。レジスが知る最高の戦士の姿がそこにあった。 「絶えろ」 巨人は頭から腰まで断たれた。修復しようとしているのか。傷が元に戻っていく。だが、断面から燃え尽きて消えていく。修復を許さない圧倒的な魔力が剣には込められている。 「エリク」 「ちょうどよかったな」 光纏う剣を鞘に納め、戦士エリク・チェンバースは笑った。その余裕ある顔を黙ってフェルティアが殴りつけた。 「何するフェルティア」 「遅いんだよお前は。まったくこちらが呼び出す時が緊急な事くらい分かっているだろう。いったい何をしていた」 フェルティアからいつもの柔らかさが消え、腰に手を当てて話す様子は男らしい。 「フェルティア、アルちゃん見てるから」 起き上がったアルがフェルティアを不思議な生き物を見る眼で見ている。 フェルティアは顔を赤くした。 「これは親愛の表現なんですよアルさま」 「地だろ地」 エリクがいうと再び拳が鼻先に叩き込まれた。 「エリク黙れ」 エリクは痛がりながら笑った。 「ところでその人は?」 「ありがとうございます。助かりました」 アルは立ち上がるとゆっくりと身だしなみを整え、優雅に一礼する。 「アル・ナスラインです。助かりました戦士さま」 背を伸ばして、少しでもしっかりしようとしている姿は清楚だが凛としている。 「いえ。こいつの手紙が届いたのが昨日だったんで急いだんですが、遅れまして」 動揺したエリクの言い訳は暫く続いた。 |
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