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アル・ナスラインは言葉を失っていた。 こんな物がいえないくらいの気持ちになったのはどれだけ振りだろう。そう、やはり人間は感情の生き物なのだな。冷え切っていく懐を感じながらアルは思っていた。 「聖女さま? 聖女様?」 アルは我にかえった。 ギラン商会の店頭にアルは立っていた。ギラン商会の店構えも、一目で見渡せないくらい広く、小さな町の市場に近い広さだ。当然、シムルグの街一の果物商店だ。だが、今その店は休業しているように見える。店の売り物である果物はほとんどないからだ。 「ああ、もうしわけありません。いつまでお支払いすれば?」 「そうですね締め日が三日後でございますのでそれまでに」 店主の笑顔に、待ってくれということはできないのは簡単に想像がついた。 「分かりました」 しおらしい顔で応える。 店の外に出て裏通りに入ると、聖女らしからぬ軽やかなそして優雅さのない身ごなしで、全力で走り出す。 神殿に戻り、ベットの下の冒険用の装備を出しながら、三日以内に確実に稼げそうなところを考える。 どうしてこんな事になったのだろう。 フミヨから戦略的に撤退して、気付けば大神殿にいた。神殿のものの話によればドラゴンが連れて来たという。 ただ、起きたアルの前に残されたのは、フェイトでもドラゴンの姿でもなく、一枚の紙切れだけだった。それはギラン商会から来ていただけないかという打診だった。そこで出会ったものは今までにない強敵であった。 「高い礼になったな」 心配なのはそれだけではない。あれからどうなったかフェイトに聞きたかったが、それよりも目の前の支払いである。フェイトはまず死なないだろうが、代価を踏み倒せば、店を閉める事になりかねない。 踏み倒せる金額ではなかった。請求された金額は400万ゼンほど。ちなみに馬一頭100万ゼンほどで、四人家族が質素になら一年は過ごせる金額だ。 「聖女さま」 表から声が聞こえた。 「いま祈りの時間です」 地図を確認しながら答える。 「急病人で聖女さまでないともうどうしようもないと」 「分かりました」 幸い格好はそのままだったのでさっさと治癒処に向かう。 そこにいる戦士らしい青年だった。筋骨たくましい青年は一見無事そうに見えたが、触るなりそれは間違いであるのが分かった。 「骨が砕けているようです」 アルはその青年の姿を見た。確かに全身の骨がおかしくなっている。その原因は不明だが恐ろしい力がかかっているのが分かる。 「分かりました」 アルのような高いレベルの神官なら一瞬で全てを癒しきるので問題ないが、通常の神官なら全てを治しきれずより危険になるかもしれなかった。より大きな箇所を癒す場合調和が大切なのだ。 十分ほどかけてアルがしっかりと治すと、 青年の顔色が見る間によくなる。 「どうしてこんなことに」 「試練の洞窟ですよ」 「何ですかそれは?」 「最近出回っている地図なんですけどね、洞窟が描かれているんですが、モンスターは強いんですが、えらく儲かるんですね。倒したモンスターが直ぐに金になるんです」 「それは便利ですけど、強いというにはどのくらいなんですか?」 「ドラゴンまではいかないですけどね、ヒドラやらカトプレパスやらそんなのですよ」 「それはそれは危険ですね」 「ただある程度まで強くなったパーティーならそれくらいしたいと思うでしょ。ある程度強くなってしまえば、城なり、塔なり手にいれないと格好もつきませんしね」 「では、パーティーで参加するのですか」 「ええ」 戦士は頷いた。 「もしよければ場所を教えていただけませんか?」 「聖女さまがいらっしゃるのですか。いや、元冒険者っていう話はよく聞きますけど本当に?」 「ええ。私がそうではおかしいですか」 「いや。でもそんなお体で」 アルはとっておきの笑顔を見せながらいった。 「速く教えてください。そうしないと元よりもひどい状態になるかもしれませんよ」 |
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