NO5
試練の洞窟

その1
その2
その3
その4

 

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「どうしたのアルちゃん」
「そうですわアルさま」
「なんでもない。ちょっと考え事をな」
  アルは答えた。
  少なくとも今はこの二人という仲間がいる。昔の仲間とも一緒にいないだけで思いは同じはずだ。
  過去は平和な時に思い出すのもいい。それはいつでも甘い気持ちと穏やかな優しさを取り戻してくれる。でも今はそんな時ではない。過去は暖めてくれることもあるが、水を含んだ衣服のように重さを持つ時もある。
  進みだして一時間あまりが過ぎた。
「ここおかしいって」
  レジスはいった。
  確かにこの洞窟は異常だった。 
  モンスターを倒せば、何らかの魔術が働くのかそれは宝石になる。
「便利ではありますけどね」
  フェルティアはレイピアでしとめた敵であったルビーを見ながら呟く。
  最初はポケットやかばんに詰め込んでいたレジスだが、さすがにもういらないという気分になったらしい。
「これなら簡単でいいな」
  アルは宝石をより分け、出来のよさそうなものだけをしっかりとつめている。
「アルちゃんの欲しいのてそれくらいでいいの。それなら帰ろうぜ」
「そうだなそろそろいいかもしれん」
  アルはあっさりと頷いた。
  戻ろうとしたアルの前には壁があった。先ほどまで確実になかったということができる壁は、今では絶対のものとして目の前に立ちふさがっていた。
「ひたすらいくしかなくなるのか」
  アルは呟いた。
  レジスは壁を調べているが結論は同じようだ。
「ダメだ」
「吹き飛ばしますか」
  フェルティアが至極あっさりという。
「いや、先にどれだけのものがいるかわからないからな。フェルティア嬢の魔力も底なしではないだろう。これから先にとっておきたい」
「進むの?」
  どういうことなのだろう。
  洞窟は終わらない。既に宝石はもう充分貯まった。しかしいつまでも終わらないここは。
  試練の洞窟には必ず終わりがあるはずだった。そうしなければあの大神殿に来た戦士の言葉はおかしいことになる。
  嘘か。
「まさか」
  アルは立ち止まった。冷たいものがこみ上げてくる。実際は何もないただの不快感のもたらす錯覚だ。だが、これは理解してしまったが故の寒気だ。
「罠か」
  かつての記憶がアルの中で甦った。

  アル・ナスラインがこんな恐怖を感じたのは初めてだった。
  生まれた時から与えられていた癒しの女神レテのギフト。いかな傷をも簡単に回復させる異様な癒しの力がほとんど失われていた。
「どうしたの落ち着きなよ。アルらしくない」
  横に立つシアはそれほど恐怖を感じていないようだ。溢れるばかりの彼女の精気はここでも何ら衰えていない。こうした影響を受けているのは自分だけなのだ。
「何ていう事だ」
  そうここは異界だった。 ダルタロック神の支配する世界。
  白い砂が敷き詰められた世界と、ただ青いだけの空は静謐で、美しくすらあった。自分自身の消耗さえなかったら楽しめたかもしれない。
  空の青を背にいつの間にか白衣の男が立っていた。
「聖女殿驚きのようですな。神力が使えないのは」
  その白衣の男の顔は骸骨のようであった。男の事をアルは知っていた。ダルタロック神に仕える三柱の従神の一人だ。
「ダルタロック神の三柱なる従神の二」
  従神は笑った。
「歓迎いたしますぞ。『白き翼』に『レテの聖女』。我が神の贄となるにふさわしい」
「そんなのお断りよ」
  シアは叫ぶと手を振った。一瞬で空気の中に氷の華が無数咲き誇りそれは従神に襲い掛かる。
「魔術など神の起こした一片を哀れに叫んで偽っているに過ぎませんから」
  氷の華はその一言で砕け散っていた。
「そんな」
「シア、あれは神なのだ。一言一言が魔術師の詠唱と同じものだ」
「その通りです。ここでなければ精霊王の裔なら勝てたかもしれませんが」
「異界では無駄ということか」
  アルの言葉に従神は頷いた。
「地図をまいたのは随分と昔なのですよ。あれは強力な魔力の持ち主しか開くことはできない。当代ならあなたか彼の魔王を始め数人のみでしょう。これからはもう少し効率的な手段をとるつもりですが。採生の魔術は、質にこだわるあまり、数が揃えられなければしょうがありませんから」
「まだまだよ」
  シアは腕を交差させた。その髪の色が赤に転じ、まとっている魔力の質が変化する。 人ではない精霊のものに。
「精霊四将が一人ライエンですか。それでも無駄な事ですよ」
「やってみなきゃわからないでしょ」
  シアの指先に炎が灯るとそれは膨れ上がり拳程の大きさになる。
「くらえ」
  火球は一気に膨れ上がった。火球は従神ごと地面に大きく穴を開けた。融けて固まりつつある地面の中、従神の姿は消え去っていた。
  しかしアルは警戒を解いていない。敵がいるはずだった。
「早く帰還の呪文を」
  アルの言葉にシアは頷くと、詠唱する。本来なら安全な自分の住処まで魔術師一行を移動させる呪文だ。しかし呪文は何も為さずただ響くだけだった。
「さすが『白き翼』です」
  声が響き先程倒した筈の従神の二が現れる。それも彼は一人ではなかった。その両脇にはさらに似た風貌の存在が寄り添っている。
「三人も」
  アルは意識を集中させた。全力ならシアの逃げる間くらい稼げるだろう。
「シア、よく聞いて欲しい」
  アルに向かいシアが手を向けた。
「これ試作中の呪文なんだけど、物体を光に変えて吹っ飛ばすの」
「シア、どうして。だったら打つのはこちらではないだろう」
「効くかどうかわからないし、それにアルなら復元できるからさ」
  シアの背中に四枚の翼が見えた。それが白く光っている。それは今までに見た事がない美しさ。一枚一枚の魔力も多いがそれが組み合わされることで力を増しつつある。
「それはダメだ。精霊を一度四つも動じに使ったら生き残れても、正気ではいられない」
「吹っ飛ばすのは得意だから心配しないで。じゃあ、またg-gで」
  いつものようにシアは笑うと手早く詠唱を終えた。
「シア」
  シアに向かい延ばした手が光になっていくのが分かる。そのまま全身は光になっていく。
  自分はそのままシアが、異界が、遠くなっていくような錯覚。
「シア」
  意識までもが光となり全てが途絶えた。

 

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