NO7
昏き理

その1
その2
その3
その4

 

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 月の巫女トリュファイナ・アクティニドレス・アムドゥシアス。
  月の巫女とは、月の女神天后ともいわれるムーアの祭祀の要となる人間だ。現在の帝国の第二位である妖精后シャレムも、もともと月の巫女である。伴侶がムーアを信仰するからこそ帝王はその座についたのではなく、月の巫女の伴侶であるからこそその座についたともいわれる。
  アルは目を細めた。アルの視線を怯みもせずに見返している。
「月の巫女ともあろう方が出てきているとは思いませんでした」
「いえいえそれなりに忙しいんですよ」
  アルの後ろでフェルティアが小さく咳払いする。トリュファイナは笑顔を浮かべて、フェルティアを見た。
「ええとアル・ナスラインさまですね。ファーランド卿に頼まれたと思っていいのかしら」
  アルは首を横に振った。
「ここにいらっしゃるのは同じ理由ですか?」
「ええ、聖山の浄化封印です。私もエリクを探したのですが既にあなたとご一緒した後でしたので」
「チェンバース卿ならそちらに」
  エリクは騒ぎなど聞こえていない様子で不動のままだ。というか酩酊しているように見える。
「エリクは酒に弱いのですが、無理したのですね。できれば解毒していただけませんか」
「分かりました」
  アルはエリクの腕を持ち、癒しを行った。エリクの目が開き、アルを、ついでトリュファイナを見て硬直する。
「皇女殿下」
「久しぶりですねエリク・チェンバース」
「は。皇女殿下も代わらずにお元気そうで何よりです」
  エリクは真正面から見ないようにしたいのか目をそらしている。
「お二人は知り合いですか?」
  ノノの声にトリュファイナが頷く。
「ええ。故郷が同じなのです。それにレジスやフェルティアと、四人で・・・」
「それくらいにしておいた方が」
  レジスの言葉にフェルティアは頷いた。

「では向かいましょうか」
  トリュファイナの一言で、ノームの作った洞窟の中を進んでいくことになった。
  先頭はレジス。続けてエリクと、その後ろはアルとトリュファイナ。ニアヴとフェルテアとなっている。
  洞窟はきれいに歩きやすく修正されていて進みやすい。
「やはり専門の方に任すといい仕事ですね」
  アルはいった。
「トリュファイナさまはどちらからのご依頼ですか。やはり帝国にどこかからか連絡が?」
  アルの言葉に、
「勝手にきました」
「は?」
「月の巫女は、もともと名誉職なので宮にいればいいのです。でも、せっかく力が使えるのにもったいないでしょ。だったらせめて世のため人のためです」
「それは素晴らしいですね」
「ありがとうございます」
  屈託なく答えるトリュファイナにアルはかなり困っていた。
  これだけの力を持っていて善良な人間を信じられないのだ。おまけに皇女である。帝国の権勢を考えればそれでもいいのかもしれないが。もっともそういっているアルにしても聖女なのだし、一介の冒険者めいたことをしているのは、問題なのだが。
  穴は終わり気づけば、聖山の中に入ったようだ。
  石造りの通路になっており、螺旋を描きながら下へ下へと道は伸びている。
「ここか」
  地獄まで続いてるのではないかという下を見下ろす。
  下から何かがあがってくる。それは人影であった。だが、その本体はどこにもない。ただ影だけが地下から、時折止まりつつあがってくる。
「なんだあれ」
「あれが外にでて人につくとなるのだな」 
  アルは影を見つめた。姿は見えはしない。それは不死の呪力が形を帯びたものだ。その力があまりに濃いので実体であるかのように光の中で影ができるのだ。
「ひどいな」
  影はずっと底までつながっている。
  全員、通路にでたところで、トリュファイナはいった。
「穴を」
  トリュファイナが手を降ると穴は見る間に岩で覆われた。
「これでいいです。あれもでれないですね」
  トリュファイナはエリクを見た。
「さあ、エリク」
  エリクは『闇払う陽の標』を抜いた。光が集まっている刃を一振りするなり影が消え去る。その場の邪気が一瞬で四散する。
「さすがだ」
  フェルティアが呟く。
「これくらいしてもらわないと。エリクにはもっと強くなってもらわないと」
  そう呟くトリュファイナはとても嬉しそうだった。


「すごい一瞬だ」
  レジスの声にエリクは首を横に振った。
「まだだ。とりあえず来ているのを倒しただけだ」
  エリクは下を見ている。その視線の先には影があがってきている
「影はもうあきらめよう。わしらはさっさと下に行く。この状況なら突破していけるだろう」
  影は強力な呪力を持っているが、アルの持つ守護の祝福で弾けるほどの強さだ。
「下まで走りますか?」
「私が下ろしましょう」
  箒がすっと動いた。
  随分と下に移動していた。
  いやもうそこは底からも知れない。床から黒い影が立ち上がり、無限ほどにも遠い上方に向かってひたすら影は歩んでいく。
「今のは魔術か?」
「あなたの癒しと一緒ですね。いろいろな事を都合よく作り変えちゃいます」
「万能だな」
  トリュファイナは悲しそうにアルの顔を見た。
「そんなことないですよ。使えるのは生きていないものだけですし。あ、精霊さんは別ですよ。この世のものって意味です」
「今は空間を直結させたのか?」
「ええ」
  トリュファイナはいった。
「もしわしがここで頼みごとをしたら聞いてくれるかな?」
「いいですよ。でも代価は貰いますよ。そうしないとよくないですからね」
「構わんよ。『昏き理』を再現してわしにくれ」
「アルさま」
  フェルティアが声を上げた。
「ダメです。フェイトさまもおっしゃってたではないですか。無事ではすまないと」
「分かっているよ」
  アルの目には熱があった。
  普通のものなら生きている事で見えるその熱を、今までアルは見せたことがなかった。
「俺も反対。『昏き理』なんて憶えない方がいいって」
  レジスは口調はいつもと一緒だが、眼には叱責するような光がある。
「どうしてそれが欲しいか教えてください。」
「代価はそれでいいのか?」
「トリュファイナ」
  エリクから叱責の声が上がった。
「わかってるだろ。大きい力は人には危険だ。既に聖女さまはもう十分強力だ」
「その人間がこうして何も考えずに欲しいといっているか知りたいんです」


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