NO7
昏き理

その1
その2
その3

 

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「本当にここなのか? 帝国というのはすごいな」
  アル・ナスラインは目の前に広がるものに驚きを隠せないでいた。
  しばらく前までは、アンデットの群れが支配する地であったはずなのに、清浄な空気が流れてくる。空気だけではない。森の一角には真新しい木材で作られた砦を始め、何件か家らしいものまでが作られている。加えてこの人の数はなんなのだろう。百人あまりのドワーフが作業に勤しんでいる。
「どうしてこんな事になってるんだ」
  エリク・チェンバースは呟いた。
「ああ、驚かそうとしたのか。ああ、エリク氏、わしはもう十分驚いたからさっさと用件を済ませよう」
「分かった」
  エリクはいった。
  ドワーフ達の横を抜け、坑道の方に向かうと、衛兵らしい手に大型の斧を持ったドワーフが近づいてくる。
「アル・ナスラインともうします。レテの神殿に仕えております」
  アルはいった。
  ドワーフは目を細めた。背が低く、がっしりとした体格をしたドワーフよりも、なお低いアルがそれらしいことをいっても説得力がないようだ。
「俺はエリク・チャンバースという。ここの責任者に会いたい」
「責任者?」
「ああ。その人間に名前を知らせれば必ずくるはずだ」
「本当なのか?」
「ああ」
  エリクは剣を見せた。装備全体からすれば動きを邪魔しないようにそれほどたいしたものではないのだが、剣だけは意匠をこらした立派なものだ。もっとも中に入っている神剣『闇払う日の標』に比べればたいしたことはないのだが。
「分かったしばらくそこで待っていろ」
  ドワーフは坑道の中に消えていった。
「さすが太陽の騎士だな。慣れている」
「いつもしているからな。俺の仕事は後始末だから」
「なるほど」
「だいたい帝国に逆らう国はないからな」
「まあな、武力を考えればな」
「いやそうじゃない。帝国自身が既に五つの国のようなものなのさ」
「五太子家だな。初代帝王ディオ・アシウス・アムドゥシアスの養子である五人をそれぞれの祖としている。実務の面では本家以上の力を有している」
「そうだ。本家っていったって、帝と后、そして巫女くらいだからな」
「そうなのか」
「ああ。王宮だっているのは、親衛隊の騎士も千人はいないからな。あとはおのおのの家から送られてきている兵だしな」
「そうなのか」
「ああ。だから帝国とは名ばかりなのさ」
  そうしている先程のドワーフが戻ってくる。
「今ここにはいない。姫はあと数時間で戻るそうだ」
「それなら。他にも何人かいるんだがこちらに来させていいかな」
「かまわない」

「で、坑道に通されたんだ」
  説明も何もなく、揃ったところで全員が坑道に連れて来られていた。
  それも姫の命令とやらで宴会の準備がされており、酒も食べ物も用意されている。
「すげえ」
  アルはそこが普通の工事ではないことにきづいていた。この表面のなめらさかさは魔術でもない。これだけの量を個人の魔術で行うには無理だ
「ドワーフは穴を掘り、精霊たちに固定させたか。でもまさかな」
  アルは呟くと物思いを断ち切った。
  いい感じで酔ってきた一団があるからだ。
「姫って誰なのかな?」
  レジスの言葉にアルは声を上げわき腹をつっついた。
「このすき物が」
「いや、すきものって」
「レジスさまは好きものなんかじゃありません」
「フェルティア、お前飲みすぎだ」
「飲まなくっちゃやってられない時だってあるんです」
「分かるぞそれ」
「相槌うちながら酒勧めるなエリク」
  騒いでいる横で変化がないメンツもいる。ニアヴとアルだ。
「しかしアルはいつのんでも変わらないわね」
「解毒が効くのでな。酔いは体からすれば妙な状況なので補正されるようだ。まあ、全部切ってしまえば問題ないのだが」
「そうですね。何があるか分かりませんから用意をしておくのにこしたことはないかもしれません」
「そうだな。しかし、レジス氏も大丈夫だろうし、フェルティア嬢は命がけで守るだろうから問題ない。それよりこれだけの精霊をを一斉に操るだけの技量を持つ姫とやらにあいたいものだな」
「心当たりはないわけではないけど」
「ほうそれは誰かな」
「シアよ」
  アルの目がゆっくりと見開かれ闇が篭る。
「確かに彼女は精霊の姫だ。全ての精霊は彼女の言葉を聞く。もしシアなら嬉しいな」
  アルは顔を伏せた。他人から名前を聞いただけでこんなに心が簡単に思い出し崩れるなんて思ってもみなかった。さっき自分でもその可能性を考えていたのに。
  きっと必死になって忘れていたのだ。アルの神であるレテは癒しの神である。そして彼女がもう一つ司るのは忘却だ。肉体の癒しは傷を治しすころ。では心は? 
「ごめんなさい」
「だいじょうぶですか?」
「本当にだいじょうぶだ。すまない取り乱してしまった」
アルは息を吐いた。
「しかしご馳走してもらってばかりだと悪いな。一つ歌おう」
「あなたが?」
「神殿で毎日歌っているから悪くないと思うぞ」
  アルは立ち上がった。
「せっかくこうして皆様と杯を重ねるのは稀なこと。歓待に答えて、お返しする美酒美食もありません。だから、せめてもの憩に皆様の前で、歌を歌わせてください」
  拍手が一斉にあがった。
  アルは静かに頭を垂れた。こうしていれば聖女らしく・・・実際聖女なのだがよく見える。
「では歌います」
  歌が始まった。
  それは一角獣を連れた妖精の少女と、戦士が出会い。苦難の中で心を信じ、進んでいく歌。帝国の中ではもっともよく知られたものだ。
  なぜならそれは建国の始まりだからだ。その妖精の少女は現在の妖精后シャレムであり、戦士こそがアシウス帝に他ならない。子供にこそ恵まれなかったもののそれは今でも語り継がれている。
  歌はそこまで語ることはない。幸せな夢の中で二人は幸せに暮らしましたで終わる。
  拍手が聞こえた。それに紛れ足音が聞こえた。明かりが転がり舞い近づいてくる。
「道はつながったみたいね。お疲れ様みんな」
  現れたのは魔女。そうとしかいいようがない 姿の少女だった。黒い大きなつばの帽子にマント。黒マント。手には箒まで持っている。エルフの血が入っているのか少し長い耳と、華奢な体が特徴だった。顔立ちは人間とエルフの血が混じっているためかどこか含みを持って見える。見た瞬間、人は迷うのだ。すみれ色の瞳や、プラチナを思わせる硬質な髪は美しくて人形めいている。
「はじめましてアル・ナスラインさま」
  少女は一礼した。
「トリュファイナ・アクティニドレス・アムドゥシアスです」
 


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