NO4
|
z |
呪文が終わった瞬間、風が乱れた。それは部屋の中では決して起こりえない疾風だ。射手の視界をさえぎり、矢を狙いを持って打てない状態にする。 アルが風の中、駆け出した。狙いは当然、射手だ。 「すまんな」 アルの身体が高速で射手の間を走り抜けた。霞みと化した血の中でアルは立っていた。 「さすがですよ」 フェイトはいうと、アルは小さく笑った。 「く」 ガドフリーは声を上げた。ガドフリーの回りには倒れた兵士達が10人近くいるだろうか。今、ガドフリーが立っているのはアルが見逃したに過ぎないのは分かっているいるだろう。 アルは血にまみれた手を白い神官服で拭った。 「汚れたし疲れた」 端正な顔と血。それで語る様子はおぞましいほどの姿だ。 「そうですね」 フェイトの方は対照的に汚れ一つない。 「まあ疲れてしまったけど、あと一人くらいなら問題ないがな」 アルは邪笑を浮かべた。 「前菜だよ、まだね」 ガドフリーは呟いた。それだけでなくその唇からもれるのは呪文だ。 誘死の呪文。力の低いものから命を絶たれる呪文だ。アルやフェイトには効く事はない。だが、倒れている兵士たちには十分だった。声も立てず彼らは絶命する。 「何のつもりだ」 「いえいえ。準備ですよ」 ガドフリーが声をあげた。 火球の呪文だった。それは死者を包み、一気に灰に変える。舞い上がった灰は、一斉に集まり巨人の姿をかたちどった。 アルとフェイトに巨人は向かってくる。 フェイトは電撃を唱えた。高速で放たれる稲妻の矢は巨人の頭を吹き飛ばす。だが、吹き飛ばしただけで灰が再び集まりなり、元に戻っていく。 「準備はしておいたといったろ」 「死者払いだ。神官の死者払いならあれを倒すのも可能のはずだ」 神官にあるものなら誰しもが使える基本的な力だそれは。 ましてこれだけの能力を持つならアルなら期待できるだろう。 「ああ。ない」 「ない?」 「レテ神の聖具はこの世に一つしかないからな。死者払いは聖具がないと使えないのだ」 アルの淡々とした物言いに、フェイトは何もかも失ったような寂しい笑みを浮かべた。 「逃げますよ」 「わしも今同じ事を考えていた。 ガドフリーにあっさり背を向け入ってきた扉に向かい走る。追ってくる灰に向かいフェイトが小さく呪文を唱えた。 太陽の光に似たそれは一瞬はじけ、灰の動きを束縛する。 「時間稼ぎですけどね」 外に出たところで二人は立ち止まった。 どう逃げたところでここは移動する島の上だ。 アルの背後にドラゴンの子が抱きついている。その力はすさまじくアルの体を宙に引っ張りあげた。 「どうするか」 アル・ナスラインは話した瞬間、舌を噛んだ。背中に捕まっている子ドラゴンが笑った。 「ああ気をつけてくださいよ」 いった瞬間、フェイトも舌を噛んだ。 ドラゴンは高速で飛び出した。 空中を高速で移動しているのに関わらず軽い揺れ程度なのは理由がある。ドラゴンは高速飛行中、エネルギーの場を作り出す。それはもともとドラゴンの能力だが、それに人を共に包み込む事で、竜の騎士といわれるドラゴンライダーは能力を発揮する。 今のアルとフェイトは似たような感じだが、ドラゴンが自体が動くための振動まではどうにかできるわけではない。 ドラゴンが速度を早めた。 「フミヨの呪圏を越える」 呪圏。永久化された探知魔法や、魔道具による探索の範囲を示す。 アルには感じられないものだが、フェイトにはそれなりの手立てがあるのだろう。それを踏まえた上で、これまでの道筋を考えた。山の形からすると、既にアルが普段住んでいるシムルグの街もほど近い。だが、誰かが追ってきている可能性もある。地元で迎え撃った方が得策かもしれない。 「わしはもう戻ってもいいぞ」 「その欠片はどうするつもりですか?」 フェイトは何気なくいっているように見えた。だが、その目は鋭い。 「燃やす」 「本気ですか?」 「どうみてもあいつらに渡るよりはな」 懐にある樹の欠片を感じながらアルはいった。 「交渉の材料にはしないんですか?」 「わしは敵対するといったらする」 「では遠慮なく」 声が聞こえた。それはアルでもフェイトでもない。女の声。 「アル」 フェイトは叫んだ。 アルの眼前に現れたのは宝石に見えた。ルビー。その中では炎が渦を巻いていた。 ルビーが砕けた。欠片の一つ一つが炎と混じりあいアルの視界は炎に埋まった。 |
---|