「フェイトさまだいじょうぶでしょうか」
フェルティアの言葉にレジスは相槌をうった。
「大丈夫だよ。だって考えが無くこうしたことなんて今までないじゃない」
アルは不可視の魔術が解けたのに気付いた。それは同時に敵からも簡単に見つかることを示している。
「どちらにせよいくしかないのだろう」
アルが気合を入れている横で、トリュファイナはさけんだ。
「きますよ」
トリュファイナが空の一点を指差した。そこから黒い爪が出てきているのが見える。空を食い破るようにして変化の龍が姿を見せつつある様だった
「今度は攻撃主体でいく。防御はトリュファイナ嬢のみ。攻撃は各自全力で」
アルは短剣を構えた。
自分の最大の攻撃は治癒の停止だが、変化の龍にきくとは思えなかった。
変化の龍は魔術師の作り出した最強の怪物と呼ばれている。治癒能力が高く、一撃でコアと呼ばれる部分を破壊しなくては、再生し、より強くなる。
自分ができるのは短剣できりつける程度だ。基本的に重さと速さが威力になる。重さがない以上、速さで稼ぐしかない。
「苦痛は変わらないはずだ」
アルは走り出した。
変化の龍の視線は、神力と魔力と違いながらも、力を発するエリクと、ロディに向けられている。
自分ができるのはただ逃げ惑うように走るだけだ。ロディなりエリクなりに最大の攻撃を放つ間を稼ぐことだ。
アル自身の最大攻撃は肉体による攻撃だ。重さと速さ以外の要素があるとしたら後は死力くらいのものだ。呪詛を用いて自分の体を追い詰める。必死の体は普通では考えられない威力を引き出すはずだ。
アルは走りながら龍に近づくと、一気に飛んで距離を詰めた。
アルの力のなさに無視していたせいか、龍は眼前にくるまで認識していなかった。
短剣が流転を描く。龍の目から黒い体液が飛び散る。
「今だ」
「アルさま危ない」
アルは振り返る。龍の爪が見えた。
全力の一撃を放った今、まだ体力が戻りきっていない。
避けるだけの体力もなくアルの身体は宙に舞った。まだ意識はある。だが、叩きつけられては。
アルの身体は抱きかかえられていた。
「フェルティア嬢」
「あの時のようにおびえる真似はしません」
「すまん」
ロディとエリクがドラゴンの爪をうけ、それを弾き返す。
「あれどこだくそ」
レジスはバックの中から巻物を取り出すと声を大きくして読み上げた。巻物は燃えはじめると光の幕が現れた。
「アルさま?」
フェルティアの声を聞きながらアルは体を起こした。幸い致命には至っていない。これならどうにかなるだろう。
みんなが自分を庇ってくれるのは嬉しいが、今はよくない。変化の龍への攻撃を優先してほしかった。
「戻ってくれ」
結界の中に全員が入り込む。
幸い誰も怪我をしてはいないのは幸いだ。
「仕方ない。一度逃げよう。幸い先程の爆発で通路だけではなく場所が生じている。目的はみなあの果てにある神殿だ。迷うことはないだろう」
「そうだね。ここはそれが正解だね」
ロディはあっさりいう。自分が何をするべきか分かっているせいかロディの言葉は少ない。だが、それがアルには信用できる。
「ここはお互いに組むとしよう。レジス氏とフェルティア嬢。エリク氏とトリュファイナ嬢。そしてわしとロディ。異存はないな」
「いいけどちょっと待って」
レジスはバックから一枚の布を取り出す。
「これはさ、まいている人間同士でお互いに何しているか分かるんだ。細かくって言うか軽い状況だけだけど」
布を三枚に破き、アル、トリュファイナ、フェルティアに渡す。
「ありがとうレジス氏。君のこの寄付は忘れないぞ」
「え、後で経費出るんじゃないの」
アルは小さく笑った。いつも通り過ぎておかしかった。
「ではいくぞ」
アルは立ち上がった。
一斉に走り出した瞬間、龍は動きを止めた。
どこにいくか決めかねて止まっている。それは少しの間で、龍の体が地面に崩れた。それは液体のようになると、小さな塊になり分かれていく。その数は十あまりに分かれる。ついでそれは盛り上がると、小型の変化の龍にと姿を変えた。
しかし今まで違い体色は黒だけではなく、赤、緑、白、青のものもある。龍は舞い上がった。
「だいじょうぶがフェルティア」
その問いにフェルティアは頷いた。
どう移動したのか憶えてはいない。
気づけばどこかの建物の中だった。
どこかというのは間違っているかもしれない。そこにある建物にはレテ神のシンボルである二つの環が飾られている。ここは恐らくアルの目的地なのだろう。
「どうなってるんだ」
「先程、何者かが空間に干渉しようとしたのを、トリュファイナさまが強制的に介入したので少し空間が歪んだのかもしれないですね」
「えらく簡単にいうな」
「簡単というわけではないですが。正直、このパーティに参加している人たちは私たちの知っているものと違いますからね」
「魔術とか?」
「そうですね。私の魔術や、レジスさまのアイテムは一端そうした器を与えることで発動させますが、あの人たちは意思と魔力が直結しています。そのせいで迅速に対応できるのですが」
「それがさっきは仇になったんだな」
「ええ。多分、私は最初に攻撃していればそうはならなかったと思います。ただ、それでも強いですが。正直、初期段階でも一撃で倒すのは私たちには難しいです」
「なるほどな。でも、いいじゃない。こうして一番乗り出し」
「そうですね」
フェルティアは広がる草原を見つめた。
同じ地点で別れたはずなのに他のものの姿も見えない上に戦いの音も聞こえてこない。
まるで隔絶されて二人でいるような。そんな気がした。