大神殿には扉がある。
両開きのそれは、ほぼ神殿の天井までの高さがあり、人が使うには巨大で、一人で押しても開かないもののように思える。
それは当然の事で、扉はとても美しくみえるが、壁に描かれた絵であり、決して本物の扉ではない。だが、そこにあるものの価値を知るものにとってそれはただの絵画ではない。
神へ至る門とそれはされていた。扉を抜けていくことさえできれば神の住む世界にまで到達できるというのだ。
この扉が開くのは聖女一代につき一度だけだという。死する前にただ一度のみ扉を開くことが許されているという。
ただし、今まで開いたものはただ一人の聖女のみ。彼女は死に、その遺骸すらも残らなかったという。
アル・ナスラインは一人その前に立っていた。
やり方は知っていた。
「この方が気楽かもしれない。失敗しても自分一人だけで済むんだから」
アルは扉に手を触れた。手の下でそこにあるのは紛れもなくただの絵だ。冷たい壁の感触が掌に伝わってくる。
意思を集中させなくてはならない。その意思の力が足りていて、なおかつこの扉の向こうにある世界の形象を自らの内側に作ることができなければいこの扉は開くことはできない。
今まで実際目にした事のあるのはダルタロック神の結界のみだ。あれが参考になるのはその強大さだけで、細かなところはまるで役に立たない。
レテの世界を考える。それはどんなところなのだろう。癒しをもたらし、自らを忘却するように求める女神の世界は?
アルは目を閉じた。
「てめえ」
「待てって」
「こんなところで抜かないの」
「落ち着くんだ太陽の騎士」
「抵抗しなければ無事は保障します」
意思を集中させなくてはならな・・・
「今更言われても」
「それに関しては同意見だ。そういう事態じゃないだろう」
「場を納めようとしているのにお前たち」
「お前まで剣抜くな」
意思を集中。集中。
「できるか。煩い。扉を開くのは精神集中が必要なのだ。黙れ」
アルは怒鳴って外に出た。
中庭には少なくない人の姿があった。
レジスがフェルティアの剣の柄を押さえ。フェルティアはトリュファイナを後ろに庇い。トリュファイナは恨めしそうにエリクを見ていて。エリクはロディに宥められ。ロディはフェイトに目で促し。フェイトはアルを見ている。
「こんにちわアルさん」
フェイトはいつも通りの口調でいった。
怒りを忘れてアルはその場のみんなの顔を見た。来てくれたのは嬉しいのだから、言葉にしたいとおもうと、
「命を懸けるのは勝手だが失われることがあるのも考えているのか?。あの扉の向こうに行って戻ってきたものはただ一人もいないのだぞ」
出てきた言葉は違った。
「フェルティア嬢はだめだ」
「どうしてですか?」
「あの聖山と同じくらいの事があるかもしれない。そしたら、フェルティア嬢は持たないかもしれない。そんなのわしは嫌だ」
「だって私たち友達じゃないですか」
静かにフェルティアはいった。
「危険なのだ」
「アルさま」
「そうだよアルちゃん。俺がフェルティアを守ってみせる。だから一緒につれてってやってくれ」
「そうですレジスさまはあれだけ大言壮語なされていたんですかきっとがんばります」
「がんばるよ。って他人事みたいに」
レジスは珍しく胸を張った。
「俺たちは逃亡の恐れのある罪人を追ってきました」
エリクはいった。その目はフェイトをにらんでいる。トリュファイナは小さな声で付け足した。
「そういうことにしておかないといろいろ自由のない身の上なので」
「そういうことじゃなくて俺は本気だ」
フェイトは真顔で、
「まあ、惚れた弱みです」
「僕も同じかな」
ロディがいうと、フェイトが少しばかり驚いて目を細めている。
「アルがシアを助けるなら僕は全身全霊の力を貸そう」
アルは笑った。
「わしが欲しいのはレテ女神ご自身の手の中にあるレテの聖印だ。本来、あの扉は聖女が力を返すために時のみ開ける物だ。でもわしはまだ死ぬ気はない。だから力を貸してくれ」