NO10冒険者

その1
その2
その3

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10

冒険者


  ある種移動は単調だった。
  背の高い草の生い茂る草原の中にただまっすぐに白い敷石をした道が伸びていく。その果てには黄金に輝く神殿が見えていた。その背後には青い空が広がっている。草原から何か出てくることはあるかもしれないが、見通しはよく、自分達も発見される可能性が高い。だが、こちらも警戒はしやすい。
  だからその異変は直ぐにわかった。まるで書割のように変化しない空に亀裂が入ったのだ。
  それはダルタロック神の現れた時や、トリュファイナが月の力を使う時に似た力だった。空中から不意にまい降りたのは黒い鱗をもつ龍だった。
「防御と強化はわしとフェイトで。トリュファイナ嬢、フェルティア嬢は魔力を温存しておいてくれ。ロディとエリク氏はやれ」
  エリクは『闇払う日の標』を抜いた。眩い光を放つ刃身はエリクの手の中で息づいていた。ロディは片手で持っていた大剣を抜き両手で構えた。
「ブラックドラゴンならブレスははかない。しかし尾や爪の一撃は強力です気をつけてください」
  フェイトが剣に魔力を与え、アルが祝福を唱える。
  もっとも早いのはエリクだった。閃いた剣が龍の皮膜めいた翼を切り裂く。ロディは正面から大剣を降り落とした。
  ドラゴンの肩から腹が切り裂かれ血が噴出す。
「よし」
  既にドラゴンは片足をついている。
「これブラックドラゴンじゃないよ」
  レジスが呟いた。
「何だと?」
  血が細かく震えて流れ出た元であるドラゴンにまとわりつく。血が繭のように全身を包んだと思うと、倒れたドラゴンの体色がより黒く変わる。大きさは微かだが大きくなったように思えた。
「アル神の眼で確認を」
  そのフェイトの声の間にエリクは切りかかっていった。ロディも続く。血によって大きさと硬度は増したが、二人の戦士では切り裂けないほどの固さではない。
「変化の龍だ」
「あれは異界の彼方に封印されたと、ここですか」
  フェルティアは腕を龍に向けた。
  変化の龍とは、最初の一撃で消滅させなければ、その一撃に対抗できる力を持つように進化していく。育て方さえよければ神ですら殺したという。
  龍は腕を振るった。エリクの体がその一撃で地面に叩きつけられる。既に受け流せる威力ではなかった。ロディが飛び込み、次の一撃を防いでいる。
「みなさん目を閉じて」
  フェイトは呪文を唱えた。
  閃光が龍の眼前で破裂する。
「魔術師である自分が真っ先に気付かなくてはいけなかったの。だからここは任せてください」
  アルにいうと、フェイトの姿は消えた。
  光はなくなると、龍の姿もなくなっている。
「すごいじゃないかフェイト」
  フェイトの姿もなかった。

「うまくいってよかった」
  フェイトは追いかけてくる龍を微かに首を傾けて確認した。魔術師には呪圏といわれるものがある。国単位でも呪圏といわれるものがあるが、それは主に王城を中心に存在している。個人の魔術師も呪圏を持っている。その中でなら、大よその位置が掴めるが、あくまで有無程度。おまけにいくらでもごまかす手はある。だから目視にまさる確認は無い。
  大よその距離を考えながら速度を速めた。そうはいっても飛翔の速度は速すぎてはいけない。
  フェイトは目をくらましている間に、全員の姿を不可視にすると、作り出した幻影のパーティを龍の目の前に出現させた。そのまま幻影のみを走らせてもよかったのだが、範囲を越えたところで、すぐに戻られては同じことだ。だからフェイトは幻影を引き連れたまま逃れる事にした。
  追跡を諦めさせない程度の距離でフェイトは逃げ続けた。
  30分あまりが過ぎたろうか。随分と襲われた地点から離れたはずだ。
  既に十分引き離したし、問題は無い。フェイトは自身の姿も不可視にすると高い草のはえる中に座りこんだ。
  さすがにいくつもの呪文を同時に使用していたせいでけっこう消費している。懐から取り出した酒を口に含んだ。さまざまな薬草から精髄を絞り出した酒を体にゆっくりと染み渡り気力が充実する。
「逃げられましたねきっと」
  柔らかな日差しの中広がる草を見ていると、体から余計な緊張がとれていく気がした。
  フェイトの回りの光が翳った。見上げればそこには変化の龍がその姿を見せていた。
「く」
  かろうじて転がった先で体を立て直す。呪文を唱え、雷の球を作り出す。ダメージを与えられるのは無理でもそれで物理攻撃は反らせるはずだ。
  その間に一撃でしとめられる魔術を使う。手持ちの、いや使用できる魔術の中では変化の龍を倒せるほどのものはただ一つだけだ。
  仮面に手をやった。冷ややかな感触が奇妙な生気と共に体に流れ込む。それは魔力となって体に満ちていく。だが、その力は。フェイトを変質させる力だった。
「だめだ」
  変化の龍の体が雷球を突き破り、フェイトに飛び込んできていた。
「やられるか」
  フェイトは両手を構えた。ただ、呪文も動作も省略してそのままの魔力を雷に変えて放つ。大気の中に生じた稲光は龍の全身を包む網と化して体を包み込む。
  龍は地面に落ちるが、そのまますぐに立ち上がりフェイトに爪を振り上げた。
「く」
  龍の加速は止まっていた。防いだのは数多の魔弾であった。一つ一つが人ほどもある魔力の塊が龍の体に突き刺さり、そのまま爆発した。変化の龍は内側から破壊され、消滅した。
「どうして戦わなかったんですか」
  フェイトは顔をあげた。
  そこには仮面をつけた男が立っていた。その仮面はフェイトが懐に持つものと同じ仮面であった。
「魔術王」
「それを使えば極光の魔弾を使えたのに」
「そんなことをいいにわざわざ?」
「君には私に挑んでもらわなくてはいけないからね。少し煽ろうかと思って」
  フェイトの前に映像が浮かび上がる。それは変化の龍が待ち受けている様子であった。
「仮面をつけるんだフェイト・クローナ。そうすれば君のつくりものの魂も意味を見出すだろう」
「意味を見出す。それがわかっているなら」
「次回会う時に答えを聞こう。さあ、急いでくれ。レテの聖女が死ねば全てが終りだぞ」
  魔術王の姿は薄くなり消える。
「くっそ」
  フェイトは立ち上がった。


もしよかったら

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