雨がロディに触れるごとに白く靄となって視界を白く曇らした。
ロディは苦しい息の中で叫びを上げた。炎は普通の炎と違った。それは炎に似た呪詛であった。全てを喰らい尽くそうとする炎はロディの魔力が失せればそのまま肉体ごとくらい尽くすだろう。
白銀の光がロディの身体を貫く。炎は一瞬で消え去った。
「解呪したのね」
「呪詛は癒しと並び、わしの得意分野だ」
馬から飛び降りたのは一人の白衣。
豪雨の中で濡れてもアル・ナスラインは軽やかに立ち、シャイア・アルフィードを睨んだ。
「しっかりしろロディ」
アルはロディに触れた。ロディは外見は怪我はないようだった。だが、内部の魔力は随分となくなっているだろう。それはそのはずだろう。神を殺す呪文だ。アルは癒しを施した。それでもロディは立っているのがやっとだ。
アルは神の目を持って目の前のシアを見た。それはまぎれもなくシアの肉体だった。
「まさか本物だとは」
「そうよ。私は紛れもなく本物。なんだと思ったのアル?」
「当たり前ながら、偽者だとね。フミヨということは、ずっとわしにちょっかいをだしていたのか」
「ああ、ガドフリーがね。御子戦争を潜り抜けながら、神にならなかったただひとりの人間。挑むにはちょうどよかったのでしょ。まあ、あいつなんてどうでもいいの。こうやって会えるなんて嬉しいよシア」
ロディはいった。
「本物なら戦うことないんだろ?」
ここまでされておいてなお、シアを許すのか。そう考えながらロディの言葉にアルは首を横に振った。
「だからこそ消すのだ」
アルは冷ややかな眼差しでシアを見た。
「あれはレブナンだ」
アルは地面を蹴った。聖女と言われるような淑やかな姿とは違う動きだ。
突き出したダガーとロッドがぶつかり合う。
「肉弾戦は悪い選択じゃないよ。アルの疾さなら、普通の魔法使いなら一撃だものね」
ロッドが一閃した。鋭く早い一撃に、交わしたものの、アルの背中を大剣でたたきつけられような重い衝撃が襲う。
「でも、私の家系は格闘家でもあるから」
アルは沈みつつある身体を無理やり立たせ、ダガーを突き出す。それはシアの顔をえぐり掛ける。が頭一つ振っただけでシアは交わした。
「やはり怖いなアル、あなたがいつもの顔をしてこうすれば大抵の人間は引っかかるでしょうね」
「黙れ」
シアは笑った。
「でも私にはきかないよ」
シアの手にはルビーが見えた。放られたルビーはアルに触れた瞬間は、爆発して吹き飛ばされた。
「アルの抗魔力ならこのくらい余裕だよね」
吹き飛ばされたもののアル自体には傷はない。魔力そのものがほとんどアルのもつ障壁に威力を殺がれている上に、治癒能力が受けた傷を即座に治している。
「分かってるなら止めておけ。ロディにしたような狂熱の躯はきかんし、一撃で殺す程のレベルの呪文を唱える時間を与えはしない」
「でもこれはどうかしら」
アルは気付いた。回りにはいくつものルビーが転がっている。
「さよなら」
アルは死を思った。
この空間に無数の火玉。恐らくは耐え切れない。
「諦めないで」
アルの側に飛び込んだロディは剣を両手で握った。剣の刃が光り輝いている。刃にこもる黒い光はロディの魔力の色だ。
「弾いた方向に飛んでくれ」
「ロディ」
「直ぐに治してくれればだいじょうぶだ」
剣が光を放ち、巻き上がった炎の壁に大きな穴を開ける。
アルは足元を蹴った。転がるように抜けた先で、背後を見る。爆炎がロディを包み込んでいく。
「あ〜あ」
アルは倒れているロディに近づいた。その体がもう生気が失せている。
「ロディ」
アルはロディの側に立って体に手をやった。炎はロディの生命の火を巻き込み、消し去ろうとしていた。だが今なら生命の火を維持できる。
「ロディ」
そのアルの背にシアが立つ。
冷静になれば考えは決まっている。ロディの治療を止めて戦う。そうしなければ二人とも倒される。それでも迷っていた。
「時間ね」
シアはローブの頭巾を戻した。
「後は任せるわ」
シアの姿が消えると同時に戦叫があがった。一斉に現れた兵の数は300あまり。透明化がかけられていたのだ。
「だいじょうぶだ。まだ戦える」
ロディはいった。
「無理だ」
矢が番えられている。一斉に放たれた矢は交わせる数ではなかった。
風が吹いた。烈風そういうに相応しい激しい風であった。矢が力を失い地面に落ちる
「もうだいじょうぶだから」
ロディの目が町に向けられている。そこから団員の騎士や率いられた兵士たちが出てくるのが見える。
ロディが切り崩し、その後ろを兵士が追う。それは約束された勝利だった。
ロディは強い。圧倒的な魔力は肉体に行き渡り能力の強化に回され、それに裏打ちされた莫大な攻撃力。そして冒険者時代に鍛えられた剣技。純粋な剣士としての能力ならエリク・チェンバースの方が上だろうが、恐らく戦士として力はこちらが上だろう。
アルの側に先程魔法を使ったと思しき騎士が立つ。
「助かりました」
聖女らしい顔で言うと小さな笑い声が漏れた。精巧な面をずらすとそこにはフェルティアの顔があった。
「あ」
「どうしてここに」
「酔狂でしょうか」
フェルティアは地面に下りた。
「彼女は『白き翼』ですね」
「そうだ」
アルは言った。その体が抱きしめられる。
「アルさま、辛いときは言ってください。私たち友達じゃないですか」
「フェルティア」
アルの目から涙が流れた。