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Babel

事件
the case


12月31日

 

 

 


 12月31日 浦安
  それから何も進展は無かった。
  なんと言っても話を聞ける人間が帰省やらなんやらでいないのだ。
  結局、城崎助手の話を待つことになって、あたしは数日を無為に過ごした。
  と言っても忘年会やら仕事納めで忙しいと言えば忙しかったのだけれど。
  12月31日の夜、城崎弥生助手との約束通りあたしは浦安のホテルサン・クイーンのラウンジに来ていた。
  もともとTDLの周辺は、今でこそイクスピアリとかあるものの、もともとTDLのみが目当てでできているところだから、そこから離れてしまうと人通りは少なく、奇妙なくらい寂しい。
  その中でホテルは数少ない夜でも明るさを感じるところであり、その中でもSの字の形をしたホテルサン・クイーンは浦安でも一・二を争うホテルだ。
  とりあえず真っ当な客を装うとそれなりのフォーマルに身を固めたあたしはホテルに入った。
  最上階まで吹き抜けになったロビーに入ってさっさと客らしい振りをして、ラウンジに向かう。
「いらっしゃいませ」
  あたしは窓際の席に座った。
  千葉の方にはすぐ側にはTDL、遠くには、ザウスや、幕張のビル群、ポートタワーが見える。
これで天気が良かったらいいのだけれど空はいつ雨が降ってきてもおかしくない曇り空だ。
「ご注文がお決まりになりたらそのベルでお呼びください」
  あたしはメニューを見ながらコーヒを頼み、すするようにコーヒを見ながら横目で入ってくる客を見ていた。
  携帯が震えた。
  あたしは電話番号が三太のものって言うのを確認して携帯に出た。
「分かった三太?」
「あれは採牲祭鬼のものだ?」
「さいせいさいき?。何それ?」
  とてもいい香りがした。
「失礼していいかしら」
  顔を上げるとそこには髪をきれいに巻き上げ、フォーマルないでたちの城崎弥生助手が立っていた。
「また後で」
  あたしは携帯を切った。
「どうぞ」
  穏やかな足取りで城崎助手はあたしの前に座った。
「今日は集まりがありまして。できるだけ急いでおられる様子でしたので。でも、こんなところまで来ていただいてもうしわけありません」
  城崎助手はきれいな人だった。それだけではなく何か神秘的というか、不思議な雰囲気があった。
「はじめまして城崎です。先生の研究について話せることは少ないですが、非才なわたくしですが、話せることはお話します」
「ありがとうございます」
  いきなり話せと言っても警戒させるので外堀から行くことにした。
「先生の書かれたので一番印象に残っておられるのは何ですか?」
「実践でしょうか。先生は実際いくことが最善と信じておられました。実践ですね。わたくしどもの研究室に外部での活動が多いのはそういうためです」
  あたしは眠気を覚えた。連日の忘年会のせいで、今日も少し睡眠不足かもしれなかった。
「退屈な話でもうしわけないです」
「いえ」
「目が覚めるような話を少ししましょうか。採牲祭鬼についてとか」
「さっきの電話聞いてらしたんですか」
  瞼が重くなってくる。
「人を、鬼に、生贄として捧げる事をそう言うんですよ」
「鬼ですか。でも鬼は自分で襲ってきますよね」
「ええ。そんなものにあえてささげるのですから不思議ですね」
  薬・・・・。どうしてそんな。
       
  いい匂いがした。
  あの研究室の奥の部屋で嗅いだのと同じ匂い。
  目を開けるとそこは黒い部屋だった。
  ただ壁は赤いのか変な風に反射して見える。その奥には奥の部屋で見たのと同じ厨子を思わせるもの。
  それを背にして城崎助手が白い衣を着て立っていた。
  周りには何人かの男が何もかも忘れたように城崎助手にすがっていた。
  男たちはみんな結構な年齢に見えた。城崎助手みたいな若い娘に媚びるって言ってもこれはちょっとやりすぎみたいな気がした。それとも女王さまとってこと?
「目を覚ましたのね」
  城崎助手は男たちを踏み分けるようにあたしの前に立った。
「アムリタを飲んでもそうしていられるというのはあなたには素質があるわ」
  一斉に鳥肌がたつ。そうこれはあの奥の部屋で感じたもの。あの時は分からなかったけど、今は分かる。なんだろうこれは。
「あなた何なの?」
  城崎助手は笑い、アップにしていた髪を解いた。そにに見えるのはきつく螺旋を描く角だった。
「鬼?」
「そう。その通りよ」
「違うあなた人間でしょ。悪ふざけはよして」
「あたしは埋められたもの」
  城崎助手の目に一瞬悲しみが浮かんだ。
「採牲祭鬼とは鬼に人を捧げる事。でも、時に人の中にそれを受けながら、新たな鬼となるものもある」
  城崎助手は笑った。
「先生はその秘法を解読し、試したのよ。大好きな実践をするためにね。最初はうらんだものだけれど今は平気。もっと未完成な時に奥さんで試したらしいわ。その人に比べればずっと幸せよ。だって私は女王だもの」
  あたしの体は後ろに下がろうとしたがすぐに壁にぶつかった。
「逃げること無いわ。あなたもこうなるのよ。もしなれなくてもああして私がいなくてはいきていけないものになるだけ」
「今までの殺人もあなたの仕業?」
「いいえ。ただ生きていたとしても始末したでしょうけど。もうおしゃべりはいいわね」
  城崎助手の唇があたしの唇に触れる。ぞくっとした感触にあたしは口を塞ぐ。でも何かが這うようにあたしの口を開け、何かが流し込まれた。
  空腹の時に強い酒を飲んだみたいに熱い。でもそれはほんの少しだけ。直に陶酔が体の内側から広がってくる。
「やっぱり」
  城崎助手は満足気に言った。
「あなたも魃なのね」
  何かが見えた。
  闇の中、蠢いているそれは自分の血の中に潜む記憶?。それは。
  あの玄い女は誰?
「太陽の女神は血にまみれ、この世に捨てられた。でもね、神の力が疎まれ、人に封じられた」
  魃か。
  女はこちらに気付いたように笑った。
  でもそれは一瞬。
  闇が切られた。
  現れたのは白いダッフルコートの少女だった。
「こいつを殺して」
  男たちは少女に群がった。
「動くな」
  その声が聞こえた瞬間、男たちの動きは止まった。
「どうして」
  城崎助手の声が響く。 
  少女は小さな嵐のように暴れた。部屋の中に招かれたのは風雨ではなく、血の雨だったけれども。
  男たちはみんな切られて倒れていく。全ての生が途絶えた後、静かに少女はあたしの側に立った。
「どうしてあなた何?」
  城崎助手は叫んだ。
「さつきめい」
  少女の唇から小さく声を立てた。城崎助手の首が落ちた。残った体の方が一瞬で燃え上がる。
  悲鳴は出なかった。多分、麻痺していたのだと思う。そう少女はこの世のものではないように思えた。
  少女はあたしを見下ろした。顎を持つと少しだけ躊躇ってからキスをしてきた。さっきと似た、でももっと痛みを伴った感触。少女の息吹があたしの中に流し込まれる。


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