ト
12月26日 船橋
朝、起きると頭がぼうっとしている。
ベットの周りにはビ−ル缶が大量に転がっている。昨日帰ってもなかなか寝付けずにエビスを1ダース程開けたのを思い出す。
とりあえず時間の確認を兼ねてテレビをつける。
『首狩り事件の続報です。起こったのは千葉県船橋市の人工スキー場ザウスで殺人。被害者はスキー場の支配人皆口雄助さん64歳です」
今回も被害者は首を切られ、焼かれていた旨が、発見者の口から語られる。
あたしはまだ開いてないビールを開け、さっさと胃に流し込む。迎え酒はよく聞いて体が起きてくるのが分かる。
「三太、起きてる」
あたしは壁を殴って弟に声をかける。
「起きてるよ。もう10時だからな」
「ちょっと調べてもらいたいんだけど」
「部屋持って来てくれ」
「たく面倒臭がりやだな」
「どっちが」
あたしは昨日カメラでとった写真をプリンターで印刷するとそのまま弟の部屋に向かう。
三太の巣は相変わらず本で溢れていた。幻のような総理大臣がITと叫ぶ今日でもこの部屋はまるで古本屋である。
そこに鎮座しているのが弟の三太である。弟と言っても双子なので年は一緒なのだけれど。
「ねえこれ調べてよ」
印刷した紙を渡すと三太の顔色が変わった。
「どこでとってきた?」
「ソースは公にできませんの。秘伝ですから」
情報と料理をかけてみたのだが三太のリアクションはない。少し高尚過ぎたか。
「友人知人が持ってるんなら秘匿しとくことを勧めるね。これは3年前、台湾の故宮博物館で消えた事になっている『落雁』の像だね。偽者かもしれんが」
「というか身内が犯人だよ。だって店にあったもの」
ちなみにうちの実家は古道具屋だ。骨董もあるがそれほどではない。
「はいはい」
「リアクション小さいな」
「他のは分かる?」
「ちょっと調べてみんと無理だな」
「じゃあ、調べて」
「簡単に言うな」
「紗世さんに口利いてあげないよ」
紗世さんて言うのはあたしの高校の時の同級生だ。20なのにも関わらず喫茶店を経営している。三太は理由をつけては行くらしいんだけど、今一つだめらしい。ここだけの話結婚しているのだが、三太にはいっていない。せっかくの弟の純情をぶち壊すのは・・・もっと致命的な時にしないと。
「暫く掛かるかもしれないがいいな?」
「それくらいの慈悲はあたしにもあるよ」
あたしは邪笑を浮かべた。
ザウスについたあたしは一応レンタルのスキーウェアを借り、軽く滑って見せた。というよりは転んで。
そしているとフリーのインストラクターが近づいてくる。
冬だけあってすいてなければこんな事もないだろうが今は忙しくないだろう。値段を考えれば、ちょっと旅行気分を味わって郊外のスキー場に行ったほうがいい。昔はいっぱい人がいたみたいだけどだんだん減ってきていてちょっと心配だ。
「良かったら教えますよ」
「ありがとう」
あたしは最上級の微笑を浮かべる。
一頻り教えてもらった後であたしは口を開いた。
「今日テレビで見たんですけど〜、事件ってどこであったんですか?」
ちょっとばかっぽく喋ってるとインストラクターの顔色が変わった。
「ごめんなさい。気分悪いの?」
「思い出しちゃって」
「臭いとか?」
インストラクターの目に不審が見えてあたしは時計を見た。
「ごめんなさいそろそろ時間だから」
さっさと本気で滑り出し、板やらウェアやら返して外に出た。
臭いって事は今回も燃やされていた算段が高いように思える。
肩を叩かれた。そこには昨日会った今田似の男が立っていた。
「どうも」
男は気安く言った。
「どちらさまでしたっけ」
できるだけ平静にあたしは言った。
よく昨日逃げれたと思った。男の身体はよく鍛えられた逆三角形で、腕周りはあたしのウエストくらいある。でも動きも機敏そうだし、実力で逃げるのは今回難しそうだった。
「こういうものでね」
男が出したのはしっかり桜の大門の入った警察手帳だった。
「真柴と言う。ちょっと話を聞かせてもらおうか」
真柴はどちらかと言うと柔らかな声で言った。
「ここじゃなんですね。そこのファミレスでどうです」
あたしは諦めていった。
◇
せいぜい高いところでおごらせてやろうとスカイラークのガーデンズににあたしと真柴刑事は座っていた。
知らぬを通そうと思っていたあたしに向かい真柴刑事は穏やかな表情のまま言った。
「昨日の件は不問にしとくよ。その代わり知っている事を聞こうか?。まず、名刺でも貰おうか」
あたしは例の大手出版社の名刺を出しながら答える。
「何をですか?」
少しばかり媚を売るようなしぐさをしたが、真柴刑事は無反応だった。
まあ、いいか
この際聞けることを聞いておこう。
それにおかしいのだ。刑事はこういうとき二人で捜査にあたる。ところが今日は一人。これはどういうことだろう。原則としてだが、今それほど大きな事件は起こっていない。いや、この事件が大きい事件だ。
「人体発火事件の事だ」
首狩りではなく人体発火事件と真柴刑事は言った。
そっちの方が本質なんだ
あたしはそう思いながら話始めた。
「知っているのは寺原教授の研究が何か関わってる事くらいです」
「他には」
「あと、教授がわけの分からないものを崇拝している事ぐらいですよ。もう刑事さんなら知ってると思いますけど」
できるだけ周りに聞こえるようにあたしは言った。これでうかつなまねはしないでしょう。
違うところで効果がうまれたみたいでわざわざ店長がオーダーを聞きに来る。
「オーダーはお決まりですか?」
「チョコレートパフェとココア」
「あ、あたし甘いものは」
ちょっとかわいらしく言うと真柴刑事は不思議そうな顔をした。
「君は何にする?」
え、自分の。その上、そのあま〜い組み合わせは何?
「えーと、ホットコーヒーとポテトフライ。塩あまりかけないでください」
ウェイターは頭を下げて去っていった。
「その像は君は見たかね」
「いいえ」
そっか厨子の中身は像なんだ。
どうも今日はあたしにとり見入りのいい日みたいだった。
やがて注文の品が運ばれてくる。
注文のチョコパフェが来ると真柴刑事はあたしの事を忘れたように無心に食べ始めた。
コーヒーを飲みながら、目の前の真柴がいいペースで食べるのを見ていると胸焼けしそうだった。
「そうそう今日の事件の事何か教えて貰えないですか?」
『もう結構聞いてるけど』
真柴の反応は気さくだった。
「何を聞きたい?」
「そうですね。例えば死体だけが燃えていて回りが焦げていなかったとか」
「ああ、そうだよ」
あっさりと真柴は答える。
『寺原先生と一緒ってわけね』
零した笑みを、真柴がにやっとしながら見たのに気づき、あたしは背筋が寒くなるのを覚えた。
あたしはごまかすようにコーヒーを飲んだ。
「でもあなたもまずいんじゃないですか」
「何がだい?」
「基本的に刑事は二人で行動でしょ。裏切り防止に。御一人ってことは、ね」
「それは君にとっては問題じゃないのか。刑事じゃなければ、より実力行使ができるって事だから」
「声出しますよ」
「でも俺は刑事だからね。一人なのは、ただ人数の問題だ。八課は人が少なくてね」
携帯が鳴った。
「もしもし」
「城崎ともうしますが」
BACK INDEX STORY
BeforeBabel NEXT