Before
Babel

事件
the case


12月24日

25日

 

 

 


 12月24日 〜 25日 剣柄大学
 あたしはさっさとダックスちゃんに戻ると電話を始めた。
  あたしの数少ない裏業界の知り合い美香さんにだ。
  電話がかかる間にVAIOを開き、さっきの映像をデジカメからパソコンに移す。
  研究室全体の写真、住所録、日程表、ドアなど保安施設の映像だ。
「もしもし美香さん。あたし、あのさちょちぃっと作って欲しいんだけどいい。剣柄大学の中国文明研究室の内部ロックの解除をしてほしいの。2時に忍び込むからそのときに。映像今送るから頼むよ。いい油揚げもってくから・・・・・だから美香さん大好き。よろしくね」
  油揚げというのは隠語でもなんでもなく本当に油揚げと謝礼を持っていく。美香さんはうちの近くの小中居豆腐の油揚げが好物なのだ。
  メールに添付して美香さんのところに送る。
  パソコンのモニターに住所録を映し出してみると助手は二人。さきほどの小谷弘樹、城崎弥生。あとは4年生が3人。3年生が5人。2年生が2人となっている。
  日程表を出してみると就職活動のため4年生2人は帰省中、3年生は全員で発掘旅行中。現在、千葉にいるのは小谷助手城崎助手と、4年生一人、2年生の二人だけのようだ。
「まず顔と名前が一致するのは城崎助手くらいか」
  写真の中で一人だけ落ち着いている女性がいるから彼女が城崎助手だとあたしは思った。
  そのまま城崎助手のPHSに電話した。剣柄大学内は職員一人一人にPHSを渡してあるのだ。くー、うらやましい。学校内のメールが無料になるだけでも結構お金浮くだろうな。まあ、その方が回線ひいて電話をつけるより安いって実利的な判断なんだろうけど。
「もしもし」
  聞こえてきたのは電子音だった。
「『もうしわけありません。城崎は現在、当学内におりません。用件は発信音の後にお知らせください』」
「すいません。天見ともうします。寺原先生の遺稿集を出したいのですが、良かったらお弟子さんの城崎さんのお話をお聞きしたいので、連絡をお願いします」
  それらしい事を言って電話を切る。
  ダメだな、あとはえいと。お、そうだ。2年生の一人に目をつける。
「もしもし。あ、あの史学部2年の近江孝治の妹の、近江多佳子と申しますが。はい、実は兄に緊急に連絡が・・ええ、父が倒れまして」
  OK、さっさとダックスちゃんから降りて走って事務練の前に移動する。暫く待つと一人の男子が走ってくる。
  男にしては小柄だけど日焼けしている横顔は結構りりしい。うん、研究室の写真に写るのと同一人物だ。
「こんにちは」 
  出てくるのを待って声をかける。近江くんの顔には期待がありあり見えた。まあ、見ず知らずの女の子(それもかわいいあたし)に声をかけられるなんて、そりゃ期待するってもんよね。
「ちょっと話したいことがあるんだけど」
  あ、まずいな。走ったせいで頬が赤くなってるし、きっと息も荒い。それは男の子をその気にさせる48の技の一つじゃないの。
「いいよ」
  あたしは近江くんを連れて学内の喫茶店に入った。
「最初に言っておくけどあたしはこういうものよ」
  とS社の名前の入った名刺を出す。ちなみに本物だ。ただし、高校生の時のが縁でキャンペーンガールをやった時のものだけど。
「記者さん」
「ええ」
  近江くんの顔に落胆が見え、次に好奇がとって変わる。
「今、寺原先生の事を調べているの」
「どうして知ってんの。あれはマスコミにも規制してるし、緘口令がしかれてるんでしょ」
「まあ、俗な言い方をすれば蛇の道は蛇ね。それで聞きたいんだけど」
「緘口令って聞こえなかった?」
  不機嫌そうな声になった。あたしを見て感じていたあてが外れたのでがっくりしていうのだろう。
「興味ない?」
「何が?」
「どうして寺原先生が亡くなったか」
「知ってるのか?」
  あたしは答えず意味ありげに笑った。
「会議室でね。でも殺された理由が分からない。寺原さんが何にかかわっていたかそれが知りたいの。それなりのお礼はするわ」
  あたしはきれいな形のいい足をそれらしく組んで見せた。近江くん、見てる見てる。
きっと頭の中で礼がいろいろな妄想になっていることだろう。
「海神珠って知ってるか?」
「著作の中にあったわね」
「あれは中國で見つけられたから、中國に没収された事になってるんだけど、俺は見た事がある」
「なるほど」
  わたしは意識して冷たいリアクションをした。
  ようは盗掘したものを売ったり、黙って国に持ち込んだって事だろう。
「それだけじゃない。うちの研究室は学校がでているよりずっと資金が潤沢なんだ。日本は他の国と違って沖合いに沈んでいる船でさえ、引き上げる金の無い国だぜ。それがうちの研究室は研究室の金で三年生は発掘中だぜ」
「珠以外にも金になるものがあるって事ね」
  近江くんは黙った。その沈黙はいい答えだった。
「ありがとう」
  立ち上がった歩き出したあたしに向かい近江くんは言った。
「お礼は?」
「『ありがとう』って聞こえなかった」
  背後で怒鳴っている声が聞こえたけど、もう思考は切り替わっていた。
  どうも寺原研究室の資金源を調べればどうにかなりそうだな。
  後は裏がとりたいな。
  あたしは学校の外に出るとダックスちゃんを走らせた。
  とりあえず最近顔を出していない大学に行って、それから美香さんのところに向かおう。
  それで夜忍び込んで研究室で裏をとろうっと。 
「待ちやがれ」
  あたしは浮かれていたみたいだ。背後から殴りかかっている近江くんに。
  鈍
  反射的に交わすと手を弾いて足を払った。綺麗に近江くんは転がっていた。本当はこのままのどをつぶすんだけどもこの程度でいいだろう。
「ごめんなさいだいじょうぶ」
  だいじょうぶではないようで揺すっても動かない。幸い辺りに人影は無い。
  捨てることにした。

 昼間から比べると随分風が強い。寒くなった午前二時、あたしは剣柄大学を歩いていた。
  仕事中でなければじっくり見ていきたい大きなクリスマスツリーを迂回して、寺原研究室に向かう。
  美香さんの提供してくれたシステムを作動させるとロックはあっさり外され、あたしは寺原研究室に忍び込んだ。
  昼間は科学の光で世界を照らす研究室も、夜来るとただのオフィスだ。
  美香さんが作ってくれた解除キーをロックに掲げる。開いた。そのまま理屈は分からないけど、警報装置がバカになったのを信じて中に入っていく。
とりあえず部屋には帳簿らしいものは見当たらない。きっとパソコンの中とかなのだろう。パソコンとかのハッキングは後で頼むとしてまずは即物的に奥の部屋だ。
  ロックを解除して中に入る。
  いい匂いがした。不思議な落ち着いてくる匂い。
  その香りに少しだけ酔った後、闇に慣れ来たせいで見え始めた景色にあたしは叫びを堪えた。
  ミイラがいきなりある。それも人魚だなんていう悪趣味なものだ。
  猿と魚を組み合わせた昔の日本の隠れた輸出品だったらしいけど、これはいただけない。
  それを避けて中に行くとそこはただの研究室の一室というだけでなく、様様なモニュメントのある小さな博物館のような気がしてくる。 
  あたしはその一つ一つを写真に撮り始めた。暗視機能つきだからヤフーのカメラこういうとき便利。
  どれも違うもののはずなのにどこか印象が似ていた。最初は博物館の展示室に似ていると思ったけど、ここは本当は神殿のような気がした。
  あたしは何かにひきつけられる気がした。
  目が合うというのがある。あるいは買ってと表に書いてあってつい買ってしまう。そんな感じの衝撃。
  あたしはそこに目を向けた。
  昔、社会の教科書で見た玉虫厨子を思い出した。そんな感じのものが白い布を被せて置いてある。
  あたしはどきどきしながらその白い布に手をやった。
                    
  白い布に手をやった手は止まっていた。
  いいとこなのに。
  足音が近づいてくる。あたしはさっさと身を物陰に滑り込ませ、息を潜めた。林・林と心の中で呟く。静かなる事、林の如くだ。
  こういうのは子供の頃からしているのでなれている。
  あたしがさっき警報装置を解除して開けてきた扉が開く。
  一気に鳥肌がたつ・・・・。
  恐いの?。自分の身体に尋ねると戻ってくるのはそうだって事実だけだ。あたしは今恐いと思っている。
  足音の大きさとか一歩の歩幅とか、具体的に繰り出される暴力しての恐れは感じない。何か違うタイプの怖さ。
  それはあたしになぞ気付かない様子で部屋の中を一巡すると戻っていった。
  静寂がすっかり部屋を支配してからも暫く身を起こす事はできなかった。
  10数えたら出る
  冬の朝ベットから出る踏ん切りみたいに数える。冬のベットと同じで10終えるのは早かった。
  部屋を見ると白い布はあった。でも厨子が無くなっている。
  でも元気はここまでだった。あたしは重くなった身体を抱えて外に出た。
  構内は人影無く静まり返った中を歩く。
  入るときにも使った学校の低くなった柵を乗り越えようとすると後ろから声がかかった。
「待て」
  振り返ると学校の中に作られたクリスマスツリーの光に照らされて男が立っていた。
  あ、今田に似てる。
  男の手が伸びる。
「ちょっと聞きたいことがある」
「え、え」
  あたしはうろたえている振りをしつつ、男の手首の関節をとろうとしたが外された。あら、やるじゃない。
「物騒な奴だな」
  あたしは息を吐いた。そして思いっきり足を蹴り上げた。男はそのまま股間を押さえてうずくまる。
「ごめんなさい」
  そのままあたしは外に飛び出していった。


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