NO2
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聖女アル・ナスラインはレテの大神殿の一角を歩いていた。 高い天井からはこの下までは光は弱まり、照らし出される通路も暗い。 通路の両脇にはいくつもの神像が置かれていた。大きさはまちまちだが人の大きさを越える事はない。 像の一つが自分に視線を投げかけた気がしてアルは息を吐いた。 西大陸において信仰を集める神は多い。強い主神を持たないこの大陸で許される教えは全てだ。だが、信者の許されない行いにより、信仰が禁じられる神も多い。 しかし、この大神殿に限り全ての神は許された。全ての神が、仕える神官に与える威徳として見せる癒し。その力の源をすべる神の神殿だからだ。ここは癒しと忘却の神であるレテの神殿であった。かの女神の前では、全ての神は頭を垂れるという。 気になった神像はディラハム神のものだった。死した女を模した仮面をつけた姿は美しいが異様だ。魔術王とも呼ばれ、今でも活発(とはいっても何百年に一度だが)に活動している数少ない神だ。 そのまま通路を抜け、侍女達から世話を受ける。 湯浴みを済ませ、匂いのいい香油をつけ、聖女としての白衣を身につければ、少年めいた姿は消え、立派な聖女の姿となった。 アルは自室に戻り寝台に腰掛けた。 ふと見ればテーブルの上には留守の間に来ていた多くの書状がある。確認すると、その大半は許婚候補の案内で、それらは見られることもなく屑篭に入っていく。 「まったく下らんな」 文句を言いながら見ているとアルの目に入ってきたのはフミヨからのものであった。 フミヨは世にも珍しい川の中を移動する都市であり、一度は行ってみたいと思っていたからそのまま別にする。 「これは」 アルは優しい笑顔を浮かべた。次に目に付いた手紙はかつて共に冒険した仲間からだった。 「ロディも騎士団長か」 一緒に冒険したものの出世は素直に喜ばしかった。 「祝いか。行くのも悪くないかな」 そして知人のエルフのものだった。 「ニアヴ嬢か。珍しい」 選んだ三通を見ようとすると、部屋の扉がノックされた。 「信者の方がいらっしゃっております。もしお疲れでなければお話できないかと」 アルより若いまだ子供といっていい神官の言葉にアルは答えた。 「わかりました。では、相談所に案内しておいてください」 聖女として訓練された穏やかな声で答えると、アルは手紙をおき、部屋の外に出た。 そこには青年が一人立っていた。黒髪黒目で、顔立ちは整っているが、美男というには目が優しすぎる。ただ、その身を包むのは魔術師のローブで、今まで見かけないものだった。 警戒がそれなりにされているここにたどり着くのは常人ではないはずだった。腕がいいか、冒険者上がりがどちらかだろう。 「どちらさまですか。わたくしはアル・ナスラインともうします」 あくまで警戒を感じさせないように穏やかな声でアルはいった。 「私をご存知ありませんか?」 アルは小首をかしげた。 「もうしわけありません。どこかの園遊会でお目にかかったでしょうか?」 「手紙の一つにあったかもしれませんが。許婚候補者の一人です」 「はあ。すいません。旅から帰り疲れておりましたし、まだ見ておりませんの。本当に失礼いたしました」 恐らく一度も目にすることなく消える手紙の群れを考えながらアルはいった。 「そうですか。あのもしよろしかったら許婚になってくださいませんか?」 「ご冗談ばっかり。名前も知らない方に言われても困ってしまいます。それに神官と魔術師の組み合わせはあまり喜ばれる類のものではありませんわ」 青年は苦笑いした。 「言いそびれました。前から母に話を聞いていたので錯覚していたようです。フェイト・クローナといいます。おっしゃる通り魔術師です」 「フェイトさまですか」 名前を探るも記憶には出てこない。 「やはりご存じないようですね。母に手紙を書いてもらったのですが、送らずに持参した方がよかったかもしれないですね」 アルはちょっと笑顔を固めた。 二十は過ぎているだろう青年が許婚にあうために手紙を母親に書いてもらうのはさすがにどうかと思ったのだ。 「すいません。今、信者の方がいらしゃいまして。詳しい話はいずれいたします」 そういって魔術師の横を抜ける。 魔術師独特の香草の匂いがした。 神々の像が気になったのが分かる気がした。 気になった神はディラハム。魔法の神であり、もっとも新しき神だ。恐らくこの魔術師の匂いが残っていてそれが気になったのだろう。 そう考えがまとまれば、何の疑問もなくなり、アルはこれから会う人間の事に専念した。 BACK INDEX STORY ShuraBeatingSoul NEXT |
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