「おもしろい娘だねあれは」
そう口を開いたのは一人の青年だった。ただ、その顔は美しい娘のデスマスクがはめられており、表情は見えない。
「悪い癖だねディラハム。君はそうして人に手を出そうとするが、それは問題だ」
「勝手に人間を愛し、御子などどといい多大な力を与えるものがそういうとは」
「ディラハム」
戦士らしい黒髪痩躯の男の言葉は鋭気を持って天界に響いた。
「『白き翼』はこの世界にはいないのに、自分でも分かっているだろうにああしているのがわからない」
「人には忘れられないものがあるのだ。あの娘が現実を拒み、ああするのも別にかまわないだろう」
「人にはわか。ウェスナード、武神であるものの言葉とは思えんな」
「魔術と策略の神よ、お前にはきっと分からんさ。人の心など」
「人の心か。そうだなわからん。だが、知ろうとは思っている」
「何故にだ?」
「我々は人が望んだ神だからだよ」
「なにをいっている?」
「そうか。記憶がないのか」
ディラハムはゆっくりと仮面をとった。
そこに見えるのは。
ウェスナードは絶句してその顔を見つめた。
そこに見える姿は。
一人の青年の顔。それは自分の顔をしながら自分ではなかった。数多の記憶が脳裏を駆け抜けていく。苦しくも甘美なその記憶。そう人間の記憶。
「まやかしは止めろ」
ウェスナードの手にいつの間にか現れた槍がディラハムの首の向けられる。
「落ち着け」
ディラハムは仮面を戻した。
「なにを見たかは分からないが、それは君が神になるときに捨てた部分さ」
「神になるときに、ではお前は何を捨てた?」
ディラハムは声を立てて笑った。
「私は捨てたものなどないよ」
「そうか。なら今のもまやかしか」
答えないディラハムにウェスナードは背を向けた。
「いくのか?」
「ああ。今日はお前しかこないようだからな。これ以上謀られたらたまらぬ」
「そう嫌うな」
誰の姿もなく静まり返った中、呟きが響いた。
「捨てたものなどないさ。奪われたもの以外はね」
「そうね」
聞こえてきた声にディラハムとウェスナードはその声の主を見た。
翼を持った少女だった。白い純白の髪は触れてしまえば汚れてしまいそうに無垢に美しい。しかし、その表情はいらつきを隠せてはいなかった。
「姫君がこちらにいらっしゃるとは珍しい」
「好きできたわけじゃない。アルにちょっかい出そうというなら、あたしが相手になってやるっていってるの」
「そんなことをしているのか」
ウェスナードは首を横に振った。
「お前の事だろう」
「そんな必要はないよ」
「本当でしょうね。あなたが地上で悪さをしているのはしっているんだから」
「怖い怖い。もう一度いうが必要ないことなのだ。地上では地上の物語があるのだしね」
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