午後の用意を終えて、職員室を抜けた時に、12時半を回っていた。
「ねえお昼」
教室に戻るがだれの姿もない。
「もういちゃったか。まあ、いいや学食いこう」
学食は盛況だった。
食券を買おうとノノはバックパック(財布)の中を見た。中にはお金はない。
「しまった」
朝の事が思い出された。学校の資料で重量限界で重いお金の類いを家に置いてきたことを。
「仕方ない」
ノノは庭に出た。
長い外暮らしから、野生の食べ物には詳しい。てっとりばやく蜜を飲もうと飛び始めた。
ふあふらといい匂いがする茂みの中に入って行った。
花が咲いていた。ノノの名前の知らない花の中、少女が一人眠っていた。
「眠り姫だ」
クラスにいた少女だ。確か名前は清原寧といった。クラス委員だったから頭はいいのだろう。
どこかで花火でもあがっているのか何か火薬の炸裂する音が聞こえた。
寧は目を開けた。きれいな黄金の瞳がこちらを見ている。寧は少し照れたように笑った。そうしてメガネをかけると、瞳の強さが弱まった。
「こんにちわ先生。どうされたんですか」
「蜜吸おうと思って。昼寝中だった邪魔してごめんね」
「いいえ。ああ、お昼がまだでしたらどうぞ」
いつの間にか少女の膝の上にはバスケットが用意されている。
「サンドイッチですが。もしよろしければどうぞ」
「ありがとう。最近こっちの食べ物には慣れていたから、あまり乗り気じゃなかったんだよね」
ノノは寧の横に座った。寧はバスケットを開いた。
「おいしそう」
「肉は好きではないので野菜やチーズばかりですが」
「別にだいじょぶ」
ノノはサンドイッチを手に取った。人間には少し小さめかもしれないがノノにはちょうどいい。
「おいしい」
「喜んでもらえてうれしいです。飲み物もありますよ」
寧は小さなコップを差し出した。中には程よい暖かさの紅茶が湯気をたてている。これまたちょうどいい。
「もしかして人形好き?」
「いいえ。どうしてですか」
「よく6分の1がちょうといいっていわれるの。そのサイズって人形用なんでしょ」
「ああ。確かに先生の大きさはそうですね。ただ、適した大きさを出したらそうなっただけですから」
「すごいね。そんなにカップ持ち歩いてるの」
「そんなところです」
寧の携帯が鳴った。
「すいません」
「どうぞ。あたしごちそうになってるから」
「はい。ええ、生きている人間は既に撤去して、管理局の方に引き渡してあります。船の浄化はしっかり行ってください」
携帯をしまい寧はノノのカップが空なのに気付くと、どこからともなく取り出したポットで紅茶を注いだ。
「すいません」
「仕事? 学生だしそんなことないか」
「休み時間もあまりありませんし、食べるのに集中したほうが」
「そうだね。先生が遅刻するのもね」
ノノは食べるのに集中した。腹八分といったところでサンドイッチは終わった。
「ごちそうさま」
ノノは頭を下げた。
「おそまつさまでした」
寧も同じように頭を下げた。
「悪いなあ。あのさ清原さん」
「はい?」
「明日はお礼するから」
「デザート作ろうと思うんですよ」
夕食の後言い出したノノにリアは目を細めた。
「いいけど気をつけてね」
「魔術じゃあるまいし大丈夫です。クッキーだし」
「そう。私はあっちでテレビ見ているから何かあったら読んでね」
「おいしいの作るからお楽しみに。その前に材料買いにいってきます。ちょっとジャムほしいので」
「昼間、トラブルがあったらしいから気をつけてね」
「何があったんです?」
「船が爆破されたの」
リアは新聞を広げて見せた。
『
幽霊船、砲撃される。
船橋港の廃船(通称幽霊船) が昼過ぎに砲撃にあい、消滅した。数百人の境界に不法滞在している集団が、幽霊船を居住場所として使用している。管理局から退去を命じられている。
左派の人々からの反発も買っている為、強制撤去などの措置がとれないでおり、犯罪の温床となる危惧がされていた。管理局の発表によると、漂流者同士、または既存の組織との魔法を使用した抗争と思われる。その直前、管理局に大量の漂着者が出頭してきており、警告があったものと思われる。』
「そうなんですか」
「中には人もいたというしね。逃げ遅れた人がいないといいけど」
「怖いなあ」
「浄化といっては、私達に危害を加える人間もいるから気をつけないと」
「分かりました。でも、人間もいろいろですよね。今日いい子いたんですよ。お昼食べ損ねてたらお弁当わけてくれて」
「そういうちょっとした出会いが対立を変えるのかもしれない。わたしたちは」
「そうなれるといいです」
「よいしょっと」
ノノは人通りの少ない朝の街をクッキーの入った袋を背負いながら飛んでいた。
朝、早く出たせいで人どおりが少ない。おまけに空を飛べることを活かして今日は公園の上を飛び、大幅にコースカットして飛んでいる。
下の方で声があがった。
「また寧がしたんだよ」
鋭い声だ。
「どうしてあんな乱暴なことするんだよ」
下を見れば制服姿の二人だった。
「あれは必要なことなの。私はbufferとしての最善を尽くしているわ」
一人は寧。もう一人は金髪の少女が目に入った。褐色の肌に首筋ほどまでの長さの金髪。スタイルはいい。こちらも確か教え子の一人だ。
「あんたたちストップ。喧嘩はやめなさい」
ショートカットの方が消えた。
すごい早さで移動したのか、何か魔術を使ったのかは分からない。
「だいじょうぶ」
「ありがとうございました」
寧は頭を深々と下げた。
「いやいいけど、どうしたの喧嘩?。殴る方も殴られる方も痛いからやめたほうがいいよ」
「おっしゃる通りです。そもそも喧嘩が起きないようにできるのが最善なんですけど」
「そうだね。せっかく朝あったからあげる」
ノノはバックパックを差し出した。
「これは」
「昨日のお礼。クッキー食べて」
寧は受け取ったクッキーを抱き締めた。
「ありがとうございます」
「そんな感動されても」
「いえ、すいません」
清原 寧
逆らったもの存在を抹消する権力者。
境界最大のコングロマリットである清原グループの後継者
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