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12月31日〜1月1日 浦安
「警察だ」
どこかで聞いた声だった。
少女は声を聞くと城崎助手の首を持ったままどこかに消えていく。
あたしは城崎助手の血に塗れた身体を見ながら少しづつ現実を取り戻し始めていた。
顔が結構痛いくらいにはたかれる。思わずあたしは殴りかえしていた。
「助けにきたのになんて女だ」
そこには真柴刑事が立っていた。
「正気に返ったか」
「やった奴はどこにいる?」
「わからない」
厨子が燃え上がるのにあわせて、スプリンクラーから水が放出された。立ち上がって厨子の中を見る。中で燃えかけているのは一体の像だった。それは城崎助手が見せたあの角を持つ女神だった。
角は三日月の象徴。それは即ち時間であり、豊穣であった。神話の事を思い出しながらそれをじっと見る。
あの少女にもう一度会わなくてはいけない。そんな気がした。
あたしは走り出した。
闇に包まれた部屋は廊下に出て初めて分かった。そこはホテルの中だった。
多分タワーズといわれるホテルの最高級なフロア。あたしは走った。
エレベーターは止められている。考え付くのは屋上だった。
非常階段を駆け上がり屋上に向かう。
雨が降ったのか屋上は濡れている。
曇った灰色の空を背に白い彼女は立っていた。
左手には彫像のように美しい城崎助手の首。右手には刀。白いダッフルコートを着たその姿とは異質な姿。
そう、それはサロメのようだった。ピアズリーの描く無機質なサロメの絵。
あたしを助けてくれたサロメは、世界を敵に回したように、光の海を眺めている。
「あなた誰?」
あたしは近づいていくと、少女の目に困惑が浮かんだ。どうすればいいのか悩んでいるように見える。
「待て」
真柴刑事だった。
少女の足が闇に向かい踏み出された。あたしは駆け寄った。
「待て」
真柴刑事が飛び掛る。少女の身体は闇の中に消えていった。
下には何も無い。あるのただの闇。
真柴刑事は下に向かい駆け出していった。でも、彼女は見つかることはないだろう。私の目には闇の中で確かに彼女が溶けるように消えるのを見ていた。
すぐ側のTDLの花火が鳴り始めた。
21世紀のはじまりだった。
これがあたしにとって二十世紀最後にして最大の記憶だ。
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