Before
Babel

事件
the case


12月23日
及び24日

 

 

 


 12月23日 幕張
  中谷明弘はジョギングをしていた。
  教師生活も四十を数えると技術や心構えはともかく、体力という点では生徒達に張りあえない気がして始めたジョギングだったが、それから10年たった現在生活の一部と化していた。
体は鍛え始めて10年たったときに初めてそのスタミナを実感できるという。その言葉に間違いはないようで、こうして走っていると、体は随分と軽い。はじめた頃は5分も走れば息が切れたものだ。
  中谷はペースを上げた。 早く走っても他人とぶつかる心配はなかった。昼は様様な催しが行なわれ、人の溢れかえる幕張メッセも祭日の朝は人影はほとんどない。
  朝まで遊んでいたのか白いダッフルコートを着た少女が大きくあくびをしながらすれ違った程度だ。
  いつものようにコンベンションセンターの前で折り返し、折り返しに入る。そう思った時だ。
「なんだ」
  鼻を押さえた。
  ひどい臭いだった。それだけなら何もしなかったろう。
  ただ、上がっている黒い煙に気付くと体は自然と動いていた。
  建物と道路の合間で煙が上がっていた。
  中谷はそれを見てマネキンか何かが燃やされているようにしか思えなかった。
  近づいていった中谷の口から叫びが漏れた。これまでかけて鍛えた体も、今には何ら力を発揮することはなかった。
  首は切り取られた人間が燃やされてた。

12月24日 千葉市
「どういうことですか?」
  あたしの怒鳴り声に編集部のガラスが震えた。続けて編集部全体の視線が集まってるのに気付き、小声であたしは言った
「どういうことですか編集長」
  今回の原稿は自信がある。絶対、OKのはずだった。なんといっても天照大神が実は日本最大の祟り神であるというのはとても面白いものだと思う。そう思って伊勢を始め、半年あまり取材して関西は無論、日本中走り回った原稿を編集長はつき返した。
「読み物としては悪くないと思う。でもね、記事というにはねえ」
「だめですか」
  何か目が熱い。あ、泣きかかっている。いかん。泣くなんて嫌だ。あたしはそのまま元気よく頭を下げた。
「次の取材いってきます」
  事務所から飛び出して一階下の喫茶店アルウェットに入る。カウンターに座っていつも通りの注文をする。
「ナンドックと、紅茶」
  そう言って席に座った。
  暫く放心していた。
  失敗なんて珍しいのだ。あたし、天見双葉の人生は両親が物心つく前に亡くなっている事を除けば悪くないものだ。幸い、美人だし、頭もいいし、運動神経もいい。お金は両親と祖父母の遺産やらのお陰で困ったことはない。両親が死んだといっても、姉に弟に妹とうるさいくらいで、家族がいないわけじゃない。だからわりかし適当に楽しく生きてこれたと思う。
  ナンドックと紅茶がきた横には小さなトリュフケーキが添えられている。
「今日はクリスマス・イヴなんでサービスです」
  ぼんやり店内を見ればクリスマスの飾り付けが華やかだ。そういえば今日はクリスマス・イヴだ。せっかくのクリスマスこうしているのが何か虚しくなってくる。それが嫌でさっきまでの腹にあったものを吐き出してみた。
「ただでさえいかがわしい誌面なんだからちょっとくらいいれてもいいじゃないくそおやじが」
  編集長の顔を思い出し文句をつけるとちょっとは落ち着いてきた。まったく価値が分かっていないのだあの親父は。
「誰がくそおやじだって?」
  編集長が横に座った。
  ママさんが水を差し出すと、編集長は頭を下げた。
「別に怒ってませんから。仕事なんだし」
  付け入らせないために強気でいう。
「その口調が怒ってるっていうと思うんだがな。さっきの話だか相談がある」
「え?」
「お前のその天照怨霊論どこからしいれてきた?」
「え。ああ、地元におびしゃって行事があるんです。その的何だと思います?」
  もしかしていけるかと思い熱心に話すことにした。
「さあ。どういう字で書くのかも分からんのに答えられるか」
  テーブルの上のペーパーを広げると、お歩射、と記した。
「それで的か、で、それが何の関係があるんだ?」
「的に三本足のカラスを書くんですよ。さすがにヤタガラスはしってますよね?」
「バカにするな。サッカーのシンボルになっているくらいだぞ知ってて当然だ」
「そう、その三本足のガラスが的なんですよ」
「そりゃおかしくないか? ヤタガラスっていたら神鳥だぞそんな恐れ多い」
  編集長はかしこまるようにどこかを拝んだ。
「カラスを調べていったら金烏ってことが分かったんですよ。つまり太陽ですよ。太陽撃つともっとおかしいでしょ」
「なるほど。それであの長い記事になるってわけだな。天照と日照りの女神を含めて」
「その通りです」
  編集長は水を飲んだ。
「お前のあれな、実はもう唱えている人間がいてな」
「本当ですか編集長?」
  声が高くなるのが分かったが気にしちゃいられない。
「仕事じゃ嘘はいわねえよ。お前は、地道に現場は行くが、資料ってものをまるっきり見ない節があるからな」
「それで記事だめだったんですか?」
「それ以外にもあるがな」
  編集長はいやらしく笑った。
「実はその男が数日前に死んだ。他殺か自殺かはわからねえ。ともかく変死ってことだけはわかっている」
「それを調べて来いって事ですか?」
  かなり楽しくなってきている。
「まだ分からんのだが、最近事件が頻発している。幕張の事件知っているか?」
「あの誰かが燃やされていたってあれですか?」
「そうだ。最近、そういう事件が多いんだよ。死体は必ず燃やされているっていうな。これが資料だ。ただしニュースソースは聞くなよ」
  社名の入っていないA4の茶封筒が差し出される。
「分かってますよ。業界の常識」
あたしは資料を持つとそのまま飛び出した。背中で編集長の小言が聞こえてくる。
「あれでもう少し落ち着きがありゃいいんだがな。まあ、二十歳になったばかりの娘にや酷か」


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