サンタクロースのおはなし

番外XX


  みなさんはじめまして。ここにいらっしゃったあなたは何を求めてこられたでしょう。それが「さんたさん」なのならぴったりのページではありません。ごめんなさい。
  しかしながら、せっかく来ていただいたのに何ですから、少しばかりではございますが、「さんたさん」ことサンタクロースや、クリスマスについてお話いたしましょう。この中にみなさんの求めている話があれば幸いです。

 

 北方に老人有り 
  馴鹿に曳かれた橇に乗り自在に夜天を駆ける 
  年一度幼児に徳在れば宝物を贈る
  耶蘇の古の聖者なり

 サンタクロースが、昔の巻物に描かれることがあるとしたらこのような感じでしょうか。


まずはクリスマスから
  サンタさんの訪れるクリスマスは、キリストさまが生まれた日になっています。それは今でもあなたの側にあるクリスマスツリーに光る星は、聖書にもあるようにキリストさまが生まれるときに輝いた星を思い出させるようにあるんです。
  では、昔から12月25日がクリスマスだったのでしょうか?


1月6日がクリスマス
  聖書にはいつキリストさまが生まれたか書いてありません。教会で最初に決めた時は、1月6日がクリスマスだったのです。それはキリストさまが生まれた時空に輝いた星を見て東方の三博士が訪ねてきた日だそうです。ちなみにアルメニアでは今でもこの日がクリスマスになっています。
  でも、1月6日も、キリストさまの誕生日ではないのです。もともとはギリシア神話の女神コレがアイオン(新しい
年の霊。ギリシアでは昔、一年の初めに新しい時間の神様が生まれる)を生む日だったのです。
  キリスト教を広める為に、他の神話のお話を借用したんですね。


12月25日じゃないの?
  その問いはもっともなものです。1月6日をクリスマスにしたものの、でも人々がよりお祝いしていたのは12月25日の方でした。
  12月25日は、冬になって力を失い死んでしまう太陽に力を取り戻してもらう為、もう一度生まれて新しい太陽になってもらうお祭りがあったのです。
  北欧では豊穣と平和の神フレイが、エジプトでは神の王オシリスが、ギリシアでは太陽神であるヘリオスが、そしてキリスト教の本拠地ローマではサトウルヌスのお祭りがされていました。
  まだ、キリスト教が絶対の信仰ではなかったので、こうしたお祭りに参加した人も多かったのです。そしてもつひとつ忘れていけないのは、初期キリスト教は禁止されていました。ほかの神様のお祭りで、目がそむいている間にこっそりという感じです。そこで、12月25日は誕生日、神として顕現したのが1月6日ということになったのです。その後、キリスト教が広がると、12月25日から1月6日までをクリスマス期間としました。


  サンタクロースは誰なの?
  さて、いよいよさんたさんです。
  サンタクロースのモデルは聖ニコラスと呼ばれる人で、今でいうトルコの辺りの司祭だったといいます。彼は聖職者ではありませんが、裕福で多くの人々に施しをしたといいます。死後、彼は聖人の名を与えられました。
  ただ施し方が変わっています。窓からお金を投げるというやり方でした。たまたまあった煙突の側にあった靴下に入ったお金から靴下の話が生まれたという説もあります。

  さて、そんなニコラスさんは各地で妖精めいたプレゼント屋として名を馳せるようになったのです。ちなみにサンタクロースはオランダ語で、シント・ニコロセスというのがなまっといわれています。

 現在では煙突を通して、子供はサンタクロースに願いをかけたといいます。煙突は天に向かって垂直に伸びるため、霊の通り道と考えられていたからです。煙突を降りてくるサンタクロースは、この世の入り口ではなく、天からの道を通ってくるのです。加えてサンタクロースは神聖な人物であり、地面に足をついてはいけないとされていました。
  その後、クリスマスにプレゼントを配っているのは分かった。他のときはどうしているのだろうという話から、北極在住という話になります。
  しかし、北極在住のサンタクロースに危機が訪れます。そう北極にはトナカイのえさがないのです。


フィンランドへ引越し
  1925年、フィンランドの新聞でその事実が発表されました。サンタクロースはラップランドのコルヴァチュンティリに引っ越したと。
  この場所は多くの妖精がおリ、またウサギの耳の形をしているというその草原には、世界中の子供たちの声が届くといいます。
  さて、サンタクロースはその後どうなったでしょう。彼は一年に一日しか働くのを止め、ナパピイリという街を訪れて、彼に会いたい子供たちに顔を出すことにしました。それだけではありません。今では、サンタクロース・オフィスを建て、毎日顔を出すようになったのです。


広告です
  サンタさんは格好は、昔は白であったり、緑であったりしました妖精っぽかったといいます。では赤になったのはどうしてなのでしょう。
  1931年コカコーラ社はコカコーラのシンボルカラーである赤を起用して、サンタさんを赤で飾りつけ、広告に出しました。赤いサンタさんは非常に見栄えもよかったこともあり、見る間に広がり、今では当たり前の事となっています。


日本のクリスマス
  日本に昔からクリスマスがあったというと変に思われるかもしれません。でも、冬贈り物を貰うというのを聞いてある昔話を思い出しませんか?

  そうかさ地蔵のお話です。あれは良い事をした報いとしてお話です。でも、そのお話の背景にはお互いに助け合おうという思いを感じませんか。

  昔、日本には講という仕組みがありました。それはお互いにお金や食べ物を出し合って、助け合おうというものです。それは年末にみんなで宴をしたり、困っているところがあればみんなで手助けをしました。そうした講は、地元のお地蔵さまや、偉人の名前を冠した名前をつけられたのです。そう、昔話にあやかったのかそこから話が生まれたのか、その一つは地蔵講と呼ばれたのです。それがどうしてさんたかと?。その格好をちょっと思い出してください。赤いちゃんちゃんこに白い雪をまとった姿はどこかサンタクロースめいて見えませんか?

 終わりに。
  このページを作ったのは検索エンジンの結果の為でした。妖怪、モンスター、ファンタジーで来ていただけるのでしたら、それなりに用意してあります。しかし、検索順位でトップになるのは何かといえば、そう『さんたさん』だったのです。

  季節柄増えてきたものを考えれば、さんたさんといえば、サンタクロースでしょうし、それ以外だと考えるのはなかなか難しいですよね。

クリスマスエドとアルは、うちにリンクしてくださっている 『On my left 左手に君を』さんの

40万記念☆クリスマスまちゅり のアイコンを使わせていただきました。どうもありがとうございます。