「何かいったらどうだい?」
おぼこらしく頬を染めながら娘はいった。
最初に気づいたのは町の一角。
道成寺で見たような鱗紋の薄桃色の小袖。仕立てのいいそれはどこかの大店のこいさんといった風情だ。ついで目に入った娘の顔を見たときは、魂消る思いをした。
娘の顔は夜毎夢で過ごすものと瓜二つだったからだ。
思わず家に引っ張り込んだまではいい。だが、それからがいけない。何もできはなしなかった。思いと見て、己が思慕を確とすることもできずただ見るばかりだ。
娘も同じなのか、こちらの顔をちらちらと見るばかりで、息の音しか聞こえない。
これでは埒があかない。そう思って娘の腕を掴んだ。冷とした手を握りそのまま引き寄せた。
真近でみると綺麗な顔だ。はっきりとした大きな目。柔らかそうな唇。どこか甘い感じのする顔に鋭さを与えているのがほっそりとした面立ちだった。
ああ、この娘だ。真正面から見ればそれがよく分かる。
この熱を帯びた体はどうしたことだろう。初めて前世の縁を信じる。
「俺はあんたをしってるんだ。あんたはどうなんだい?」
「うちも知ってます」
娘の声は細くせつない。聞いていると頭からつま先まで何かが抜けて行った。
「もっと声を聞かせておくれ」
まるで自分が随分と初心に戻ったような心持ちだった。
声なんぞ聞かなくとも、男女の中することはいくらでもあるのに。
「あなたなんですね」
娘の目が細まって瞳もきれいに姿を変えた。
「ああ。そうだ」
間違いはない。そう思えた。つまらない浮世も、死ぬまでの暇つぶしと思えたうたかたも、きっとこのためだ。
「よかった」
娘は息を吐いた。生臭い息を。
自分は勘違いをしたのではないか。
さっきまでの心躍るものは、止まってはいない。ただ、その姿を変えただけだ。
恐れ。そう分かってしまえば叫び声をあげて逃げ回るだけだろう。
だが、動かない。ああ、もうそれはさだめとしか思えぬ。人は生きるために生きるのではない。死ぬ理由が分からないからあがくのだ。
勘違いではない。今、この須臾にまみえるために。生まれてきたのだ。
娘は無造作に口を開けた。それで終わりだった。全て終わりだった。